モーセ5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金 洪晩 教授

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本 改革派 神学校

 

 

 

 

 

 

1.序論

 

1.モーセ五書

 

五書は、旧約の聖書の全体の基礎の石となる本でありながら聖書全体で一番重要部分として扱われていた。五書は、神がすべての万物と人間を創造なさったことで始まる。創造主なる神であることを示しながら始まっている。そして、人間の罪の起源を説明し、罪人である人間を贖うために約束の提供を説明している。贖い主神であることを確かに明らかにしている。そして、神は、人間の罪が増大した時、洪水によって裁き、その中から恵みを提供なさりノアとその家族を救われたことを言及している。又、人間の傲慢に対して裁き、言語を混雑させてしまわれた。神の公義を表わし、一方では恵みを施す神として証している。そして、アブラムを召し、すべての国の人々に神を証しする働きが始まったことを説明された。そして、神の民のアイデンティティーのために十戒を与えたことと、それに従順すべきが強調されている。つまり、贖いの働きの実行を歴史の中で行われておられる神を現わしている。

 

五書は、神の約束が与えられ、その約束が成就されていくのを歴史の中で記録しているのを含んでいる。神は救いを約束し、民族を成して、神の栄光を表わすことを約束し、イスラエルの民にカナンの地をお約束された。この約束が実現されるまで、イスラエルの民を救い、救いの手を施された。これらの約束は五書以後に、イスラエルの民が神から助けられる救いの手が必要な時には、彼らがこの約束を根拠に神に求めた。つまり、旧約聖書全体に根源となる書籍がモーセ五書である。

 

 

 

2.名称

 

五書という意味は、ギリシャ語で五冊の本(Pentateuch)を称する言葉として、創世記から申命記までの本を意味する。このように呼ばれるようになったのは五書が、一つの長い話でありながら、モーセの著作でモーセの死で終わるからである。特に律法(Torah)の授与の観点から見れば、創世記は、律法授与の背景を提示し、出エジプト記から民数記までは、主に律法宣言の記事を、そして申命記ではイスラエルの最も偉大な預言者であったモーセによる、その律法の説明を乗せている。五書は本来一つの羊皮紙に全内容が入っていたが、五冊に分けられたのは、バビロン捕囚期以後に文を書くのに使われた羊皮紙材料によって分けられたと推定している。

 

3.モーセ五書の統一性

 

創世記から申命記までを五書というが、創世記で約束が与えられ、その約束が成就するようになる過程を見せるので、五書を大きい一つの塊として見なければならない。つまり、五書は統一性を有しているということだ。 このような統一性はモーセの著作というものからくることだ。これはイエスさまもおっしゃったことだ。 (ルカ16:3124:27)そして旧約聖書(歴大下25:4,38:12、ゼカリ3:2,7:6、マラキ4:4)も証していて、イエスさま当時の歴史家であるヨセプス、ピローも認めているところだ。 

 

しかし歴史批評主義学者たちは、資料批評、様式批評、伝承史批評という道具を持って五書の統一性とモーセの著作を否認した。資料批評を主張する学者たちは、時代と場所と違った状況から別個の人々が作った文書などが集まって五書が作られたというのだ。そしてマーティン ノース(Martin North)は出エジプト記13:17-14:31J,E,P文書があると主張した。エホヴァの名前に対して他の表現にしたのでそれぞれ違う文書が編集されたということだ。また出エジプトの伝承、カナン占有伝承、族長伝承、荒野導き伝承、シナイ山啓示伝承を年代記的に整理して神さまの偉大な解放行為の歴史で編集したということだ。 また、19世紀後半に自由主義神学が胎動するようにしたベルハウゼン(Wellhausen)の文書説はJ,E,D,P文書が編集されたと主張することだ。様式批評を主張するヘルマン クンケル(Gunkel)とジークムント モビンケル(Mowinckel)は民間説話、武勇談、神話と英雄たちの伝説が結びついたと見た。伝承史を主張するゲルハルト・フォン・ラート(G von Rad)はアブラハムとイサクとヤコブが互いに関係のない別個の遊牧民だったのに、互いに交流して一つの系図と統合させたと主張した。

 

このような批評主義者の学説は聖書の統一性を傷つけて聖書本文の威を傷つけた。聖書の霊感(インスピレーション)を否定して、聖書の無謬性と神様の救済史を否定させる問題を惹起させた。さらにこのような批評主義の影響によって福音主義神学系も本文の分析を構造分析にぶらさがるようにさせたし、これによって本文に含まれている神学的(霊的)意味を研究するのをなおざりにするようにさせた。したがって今日の旧約聖書研究は本文に含まれている神さまの御心と目的を調べるより、本文の科学的分析で構造分析にすがっている実情だ。 

 

4.聖典としての五書

 

五書は、ユダヤ人の聖典(Canon)に受け入れられた聖書の初めの部分だ。エズラは律法を読み、すべての人に公式的に律法を解釈して聞かせた(ネヘミヤ8-9)。エズラ記とネヘミヤ記には、モーセの律法に記された通りということばが出る(エズラ3:2、ネヘミヤ8:14)これは五書の聖典的地位を語ってくれるものだ。つまり、五書を霊感による権威的な書、聖典として見ていることを語っている。

 

5.内容に伴うジャンル分析

 

1)モーセの伝記

 

出エジプト記から申命記までの描写は確にモーセの伝記であろう。 しかしこの書などをモーセの伝記として見ることはできない。なぜなら創世記の族長の生涯およびいくつかの特はモーセの人生と直接的に連結するには限界があるためだ。

 

2)イスラエルの歴史

 

モーセの伝記だと見るよりは、イスラエルの史として見る方がより一層相応しい。ヨシュア記から列王記下までがイスラエルの史を扱っているためだ。もちろんこのように五書がイスラエルの歴史を扱っているけれど、五書の中にはイスラエルの宣教的機能を強調しているのでイスラエルの歴史に限定する排他的な接近は避けなければならないだろう。

 

3)救済史

 

したがって五書が持っている神学的内容で見る時、救済史的接近が大変重要だ。 神さまが堕落した人間を贖うために恵み契約を施され、その契約の連続性でノアとその家族を救い出され、またアブラムを呼んで恵み契約の受恵者たちがすべての国の民であることを説明しているからだ。最もイスラエルの民とシナイ山で契約を結ぶことでイスラエルは戒めを守って、それで神さまの光栄をすべての民族の前で表わさなければならない責任を持つようになる。贖われた民が神さまの光栄を表わすのは五書だけでなく聖書全体が語っている重要なメッセージであるからだ。  

 

6.トーラーあるいは律法

 

律法としての五書は、新約聖書で最もありふれているように使われている言葉だ。 (ルカ24:44)律法として翻訳されるヘブライ語の単語トーラー(torah)は、教える(teach)あるいは訓戒する(instruct)という動詞、ヤラ(yarah)から出た。トーラーを律法よりは教訓として翻訳することがより良い。創世記には神さまの特性と世の中、およびイスラエルの歴史に対する教訓でぎっしり埋まっていて、手本としなければならない行動と避けなければならない失敗を例にあげている。したがって五書を、モーセが証しする形態としてのトラーあるいは教訓といえるはずだ。 (ードン ウェナム、26)

 

7.主教材

 

1)五書概論(ビクターハミルトン、クリスチャン ダイジェスト)

2)モーセ五書(ゴードン ウェナム、聖書ユニオン)

 


II. 創世記1-11

 

 

1.創世記を開巻する方法には色々なものがある。

 

A.

1.源の歴史

1)創造(1-2)

2)堕落(3-11)

 

2.族長史(12-50)

1)アブラハム(12-25)

2)ヤコブ(26-36)

3)ヨセフ

 

B.

1.創世記1-11章、太古時代

2.創世記12-50章、族長時代

 

C.

 

1.アダム

2.ノア

3.アブラハム

4.イサク

5.ヤコブ

 

D.

 

1.創造(1:1-2:3)

2.天と地の世代(2:4-4:26)

3.アダムの世代(5:1-6:8)

4.ノアの世代(6:9-9:29)

5.ノアの息子の世代(10:1-11:9)

6.セムの世代(11:10-26)

7.テラの世代(11:27-25:11)

8.イシュマエルの世代(25:12-18)

9.イサクの世代(25:19-35:29)

10.エサウの世代(36:1-37:1)

11.ヤコブの世代(37:2-50:6)

 

2.創造(1-2) (教材25-40)

1)教材22ページ図表、1番参照、

 

1日、光

2

3地、食用植物

____________________

4日、光明体など

5日、魚、鳥など

6日、陸上動物たち、人間

 

2)ただ神さまだけが神で、その他の全てのものは被造物であることを宣言している。神さまはお言葉で全世界を創造なさった絶対的な権力者である。創世記1:1は、聖書歴史全体の開始を知らせる一節だ。 (詩編8,104,148、Ⅰコリント8:6、コロサイ1:15-17、へブル1:2,11:3、Ⅰヨハネ1:5-7)

 

3)創造世界は神さまがおっしゃるように生じて、神さまの御心に従って秩序と調和を作り出して行く。神さまのお言葉の中心性を意味する。 

 

4)人間は創造世界の中で神さまの形で造られた最も高貴な存在であり、神さまに代わってすべての万物を治める代理人だと宣言する。

 

5) 6日間創造して第7日を安息に決めて安息された。神さまが疲れて安息されたことでなく、創造が完全に成就したことを意味して、それでその日を神さまが聖なる日として区別して、幸いな日として決められた。創造を記念し、当然神さまに感謝と礼拝を捧げる日だ。安息日の規定は人間が落する以前に定められた戒めだ。

 

6) 1章では、人間創造を天地創造の一部分として簡略して扱っている。

2章では、神さまと関連して扱っている。アダムは園で耕作して管理する責任を受けた(2:15)。そしてエバはアダムを助ける助け手として造られた。

 

7)善悪の実は神さまと人間の関係において神さまは創造主で、人間は被造物として神さまに従順にしなければならない関係であることを現わしている。人間が神さまの形で造られたというのは神さまに絶対的に依存しなければならないことを意味して、そして神さまが人間に権威と能力を与えたが、人間の権威は絶対的なものではなく、必ず神さまの支配下にいなければならないことを意味する。人間は自然世界を治めるようになっているが、これは世話するのを意味する。人間は使命を担うために助ける助け手が必要で、共同体を構成するようになっている。

 

3.堕落(3章)

 

1)神さまの形で造られたので、人間は神さまからの正しさと知恵、偉大さを与えられた。その能力を持って神さまが命令されたことに対して従順すれば良かった。善悪の実を食べないように命じられた命令は人間が被造物として神さまの命令に従って従順しなければならないことを規定することだ。もしそれを犯した場合は、死ぬようになると警告された。ビクターハミルトンは善悪の実に対して人間の自律性だと解釈した。 (教材36ページ)神さまが人間に自由意志とともに能力を与えて、自発的に従順するようにされた。これを清教徒は行為契約(covenant of works)と呼んだ。

 

2)サタンは蛇を通じて先にエバを誘惑した。 (教材でハミルトンは旧約神学者としてサタンと悪魔論に対して旧約聖書の情報が微弱だということを言及しているので、サタンに対する説明に確信を持つことができなかった。したがってこの部分は改革神学での悪魔論を言及しなければならない)しかしハミルトンは教材53ページで誘惑の内容を扱う。第一に、誘惑はエバの心に神さまの真実に対して疑問を呼び起こした。そして第二は、誘惑はエバにとって自律性を調するようにさせた。ところがここで改革神学の立場で誘惑の性格をより究明してみるならば、悪魔は神さまの善良さに対して疑いを持つように誘惑し、神さまの戒めを破るようにたきつけた。そしてエバ、あなたが神のようになると傲慢にさせ、戒めを犯した場合、神からの裁きがあることを忘却するようにさせた。

 

3)このように戒めを破ったアダムとエバは彼らを訪ねてきた神さまを避けた。犯罪した彼らを探しに出た神さまは真に恵みの神さまである。神は彼らに訪ねて来て一番最初に彼らの罪を表わにされた。彼らが何を間違えたかを明確に明らかにされた。神さまが罪人を許される前に彼らの罪が何かを悟るようにし、罪人が神さまに罪の許しを請うようにする方法をご使用になる。これはカインの場合も同じことであった。聖書全体は常に同じ方式だ。神さまはアダムとエバの罪を表わして、裁きを即刻に施行しなかった。むしろ創3;15節の恵み契約を与えた。キリストを通じて罪人が神さまと和解されるし、神さまに近ずくことができると約束されたのだ。この本文で「主」をキリストと解釈することには神学者たちの中には差がある。ケハルドス ボスのような場合、キリストとして見ない。これは誤ったのだ。教材の著者であるハミルトンはこの一節がメシヤ的な意味を有していると強調した。 (56-58ページ)

 

4)堕落の効果は一先ず罪に関して羞恥心が起こるようにさせた。そして神さまから避け隠れた。つまり罪によって神さまとの関係が壊れてしまったのだ。神さまも彼らをエデンの園から追い出して引き離してしまわれた。また人間が堕落したゆえに地まで呪われてしまい、労苦した分だけ実を出さない。いばらとあざみが生じるようになった。また、罪が人間に入ってきた以後は人間関係も壊れた。アダムは妻を骨の中の骨だと称賛したが、今度は自身の罪を女に転嫁させた。 

 

5)結局人間の堕落によって人間には神様の贖いの恵みが必要になった。キリストが必要だ。このように堕落した人間が神さまの贖いが必要なことをハミルトンは神が革の衣を着せて、女の子孫を約束されて、エデンの園から人間を追放して贖いが必要な存在であることを明確に示された。 (58ページ)ここで私たちは教会史の中で原罪を信じない誤った神学の教えが沢山起きたことを記憶しなければならない。原罪教理は旧約聖書はもちろん、新約聖書でも確証している教えだ。 (6:5、列王記上8:46、詩51:5、ロマ5:19、エペソ2:3)

 

4.カインとその子孫(4)

 

1)創世記3章で人間が落して罪が入ってきたし、創世記4章からは罪の拡散を証ししている。カインの捧げ物は受け入れなかった。血を流す捧げではなかったからではなかった。なぜなら穀物を差し上げる制度もあったからだ。 (レビ記2章)へブル書11章によればカインの捧げは信仰によって捧げた礼拝ではなかったためだ。特に神さまとカインとの対話の中で彼の捧げ物は自らの義に徹する中に陥って差し上げた捧げだった。なぜなら、なぜ神さまが自身の捧げ物を受け入れなかったのか? と質問を有していたし、自身の捧げ物がなぜ受け入れられなかったかにして自ら低くして調べなかったためだ。 (ハミルトンの71-72ページの解参考にしなさい)さまはカインに明確に罪にして警告された。しかしカインは神さまの警告を無視して、妬みによって自身の弟を殺した。罪の欲望によって弟を殺したのだ(4:7)。神さまはカインに現れてアダムにしたようにカインの罪を表わされた。カインにとって自身の罪を認めて、神さまに許しを請うようにすれば良かったのだ。しかしカインは弁解と言い訳で一貫したし、自身の罪にして痛悔することもなかったし、深刻だと考えることもなかった。結局神さま恵みを自ら閉ざして、エデンの東に離れて行ってしまった。

 

2) 4章後半部はカインの系図が記されている。系図の中には多様な職業が紹介されている。ここで見せてくれるのは、人間の文明が発達するに従って罪悪がより一層繁盛するのを見せている。レメクの場合、無節制な報復と暴力の傾向を見せている (4:23-24)。ひとりの人を殺したカインを飛び越えて大量虐殺でその罪悪の範囲が広がっていることを証明した。

 

3)反面セツの子孫は(5)神さまと同行して昇天したエノクが出て、最後には大洪水に生き残ったノアとその息子たちが出てくる。5章の家系図は敬虔な系図を紹介することに意味がある。ここで創世記の家系図がすべての世代のすべての人物を記録したのではない。特定系図の連結を説明することが主な目的だ。このような状況は神さまが人間を創造されたのを嘆くようにさせた。神さまは人間の罪に対して怒って、苦しまれるということだ。したがって洪水による裁きは神さまの義に徹された裁きなのだ。しかし神さまは裁かれる中でもノアに審判があることを知らせて洪水を避ける箱舟を作るように命じた。神さまがノアに恵みを施されたのだ。ノアは恩恵を無駄にしなかった。つまり、箱舟を作ったし、神さまの命令のとおり従順してその生命を保存することを受けた。

 

5.洪水(6-9)

 

1)神の息子らと人の娘たち(6:1-4)対する解釈は色々と解釈された。 (教材75-77)伝統的な解釈は、神の息子らは5章の敬虔なセツの子孫を指して、人の娘たちとは4章後半部に紹介された不敬虔なカインの子孫を指す。これらの無分別な結合によって(容貌の美しさだけを追求する身体的な思考が強くある)敬虔な子孫までも悪に偏って結局世の中がすべて罪でいっぱいになったことを示唆しているのだ。(6:11-12)

 

2)神は天の水門と水の源が開かれるようにさせて世の中が水で覆いかぶさるようにされた(7:11)。洪水審判は審判と救いが同時に実行されるということだった。箱舟はすでに神さまの正確な計算により建てられたことなので安全であったし、また、水が覆いかぶさっている期間にも生存することができた。このように世の中をはき捨てられたことは神の国を新しくされようとする神の目的だ。洪水が終わってノアとその家族と箱舟にあった生物が箱舟から出た。これらが再び地で生育し繁盛することになることを告げられた。洪水後の再創造の歴史を説明することがそれだ。

 

3)洪水審判以後に肉食を許可された。しかし肉を血ごと食べないように禁じた。 これは生命を尊重しろとの意味もあって、洪水以前の人々の典型的な罪人、暴悪さを警戒なさるお言葉でもある。このすべての約束の後に神さまは虹を契約のしるしとして、再び洪水によってこの世を裁かれないことを約束された。

 

4)ノアの息子たちについての記事は、彼の子孫たちとも関連される。ハムは父が裸になって寝ているのを兄弟たちに言いふらしたけど、セムとヤベテは父の裸を覆ってあげた。ここでハムは罪となった本性の不道徳さと罪が根本的に断絶されていなかったのを見せている。これによってハムの子孫、すなわちカナンの子孫には兄弟のしもべのしもべとなる呪いが宣言され、セムとヤベテの子孫には祝福が宣言された。カナンの子孫に対する呪いはセムの子孫であるイスラエルの民がカナン部族を追い出して約束の地を占めることで連結された。この本文に対する主要な解釈としてその()はセムの幕屋に住まわるという神さまの贖いの計画と約束のお言葉を継承すべく、ノアの家計がますます狭くなっていくことを示唆すると理解できるし、結局その家系はアブラハムにつながる。(教材94,95)

 

6.分散(10-11)

 

1)創世記10章はノアと三男の子孫の家系図を記している。地域的に見ればヤベテの子孫は大体地中海の北側、ヨーロッパに分布していて(10:2-5),ハムの後継は地中海の南側、アフリカにあって(10:6-20),セムの後継は地中海の東側アジア(中東)に散らばっていた (10:21-31)。各氏族は「その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった」という話で終えられている。 (10:5,20,31)。この本文はバベル塔の事件の本文である11章の先に言語がそれぞれ民族にあったことを言及している。この本文の内容の事は、実はバベル塔の事件以後のことだった。しかし、バベル塔の事件以前にあったかのように記録されたのは、聖書が神さまの贖いの働きを説明するためにわざわざ、時間的な配列の順序になっていないことを語っている。つまり、バベル塔に対する裁き以降に、すぐにアブラムを召して贖いの働きを進行させる神さまのみわざを説明するためのものであった。

 

2)バベルの塔を建設したというのは塔だけでなく町と塔であった。それで都市を建設することを中断したということなのだ (11:8)。これらはすでにレンガと瀝青で建設する方法を発明していたし、塔を持っている巨大な都を作ろうと思ったのだ。その動機は自らの力を育てて神さまの統制を受けずに自らの力を振舞う自治的な都市国家を建設しようとしたのだ。これはアダムとエバが禁断の実を食べた動機と同じで神さまの統治に対する挑戦と、神さまに敵対するということだった。(教材95-96ページ解釈参照)。神さまは彼らの言語を混雑するようにさせ散るようにされた。そして散った人々の中からアブラムを選択して神さまの統治を受ける一つの民族と国家を建てて、その民族を通じてすべての民族に神さまを証しさせ、すべての民族が神さまに仕えるようになる宣教的な目的がおられたのだ。

 

3)バベル塔の記事に続いて、セムの子孫の家系図が再び言及されたことは、セムの後継から先民の始祖であるアブラハムが出てくるためだ。それでこの家系図は太古時代の歴史で、12章以後からイスラエルの族長の歴史をつなげる橋の役割をしている。 


III. アブラハム(11:26-25:11)

 

1.アブラハムを召す(11:26-12:9)

 

1)創世記11章でバベル塔の事件で人類が色々な民族で分散したし、その中で祝福を受けたセムの系図からアブラハムが登場することで終えられた。この時から神さまの救済史は民族という単位を重要視なさっていることをすでに創世記10章でノアの三男の系図を通じて知ることができる。したがって神様はアブラハムを通じて神様を知る民族を立て、さらに進んで、それより周囲のすべての民族と国々がその神様を認め、神様に仕えるために集まって来る計画を広げ始められた。アブラハムに向かって国々の父と呼んでサラに対しては国々の母と呼ばせたのもこのような神様の贖いの計画があったことを語っている。 (17:4-5,15-16)

 

2)アブラムの選択はバベル塔の事件の裏返しである。なぜなら人間自ら自立性を強調して、人間自ら拡張して自分たちの名前を出し、結局は神さまに敵対するために集まった者を散らされた。しかしアブラハムは神さまの命令にしたがってその指示した土地に行った。また、神さまご自身がその名を盛大にさせ、その子孫たちを繁栄させると告げられた。アブラハムはただ恵みによって神さまから恩恵を受け、神さまの光栄を表わすための道具として召されたことにすぎなかった。

 

3)創世記12:1節で「行け」という命令は17:1,22:2節でも同じように繰り返された。この三つの命令は全部天下万民の祝福がかかっていた。神さまがアブラハムを呼ばれた理由と目的が鮮明にあらわれるが、神さまはすべての民族に祝福を準備して、それの手段としてアブラハムを選ばれたのだった。

 

4)アブラハムに与えた地と子孫の約束は、神さまに栄華をあらわす民族単位の共同体を建てるためのものであった。すなわち、教会を建てるということだった。さまはハランを離れ、神さまが指示するカナンの地に行けとおっしゃったのだ。そこは神さまの光栄を表わすために選ばれたところだった。親戚と父の家を出ろというのは世の中の民族から彼を別して神さまの民の共同体として立てるためのものであった。

 

5)地と子孫の約束の他に神さまはアブラハムに「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」とした。これはアブラハムが受けた祝福が単に自身とその子孫だけのためのことではなく、神さまの計画はアブラハムとその子孫を通じて窮極的に世界が神さまを知る知識を得ることによって神さまを礼拝する民族をたてるためのものであった。神さまの宣教的目的のためにアブラハムは召されたのだった。

 

6)アブラハムが大いなる民族になろうとすれば多くの子供が繁盛しなければならないが、かえってアブラハムには子供がなかった。アブラハムが召しを受けた時は75才であったし、サラは65才だった。神さまの約束が実現される可能性は大きくなかった。それにもかかわらず、アブラハムは神さまの約束を信じて従順してカナン地に来た。そこで神はその地をアブラハムと彼の子孫に与えると地と子孫の約束を確認して下さった。 (教材108,109ページ参照)

 

2.エジプトに移動(1210-20

アブラハムは信仰によってハランを離れカナンに来たが、信仰によって完全に行ったわけではなかった。その地が飢謹に陥るとすぐにアブラハムは家族を連れてエジプトに行った。現実的な苦しみのゆえに約束の地を離れた。エジプトでアブラハムは身辺の危険を感じて自身の妻を妹だと話した。アブラハムの信仰はまだ不完全だったために飢謹と生命の危機という困難の中で神さまを頼るよりは人間的な方法を探して危機をまぬがれようとした。これによって彼は妻を奪われる困難に出会う。神さまの約束が成り立つことはできない況に展開した。したがって神は介入してサラの子宮を保護された。パロに直ちに災難を下し警告されることでサラの胎を守られたのだ。すなわち、この事件は神さまが約束を成就するまで保護させて導かれることを見せてくださることだった。

 

3.ロトとの決別(13)

 

アブラハムは再びカナンに戻った。ところでハランを離れる時からついてきた甥ロトの家族らと問題が起きた。財産が多くなって、牧者たちの間に紛争が起きたのだ。それでアブラハムとロトはやむをえず分離することにした。アブラハムは甥ロトに先に選択権を与えた。ロトは肥沃で潤っていたヨルダンの東側を選択して離れた。このように甥ロトと別れた後、多分アブラハムは心が喪失した状態にあったようだ。なぜならその時神さまがまた、アブラハムに現れて彼が立っているカナンの地を彼とその子孫に与えることを約束された。アブラハムはただ約束をして、それを履行なさる神さまだけを見上げるように召しを受けたのだ。 彼はカナンの地の肥沃なのと物質的な祝福が優先ではない。ただ神だけが彼の慰め者であり、自分を祝福なさる方として見上げなければならなかった。

 

4.ロトの救出(14)

 

ロトはソドムの地を選択して占めていたが、その地域の民族紛争にまきこまれて捕虜にとらえられていった。アブラハムが立ち上がってロトとその家族を救出し出した。そして奪われたソドムとゴモラの財物と捕虜を取り戻してきた。 ソドム王は感謝の表示で取りしてきた財物をアブラハムに提供しようとしたが受け取らなかった。神さまが直接祝福されることで満足するだけでなく神さまだけが自身を祝福されるということを表わすためのものだった。アブラハムが神さまから約束を受けたのがあるので、アブラハムはその約束を神さま自身が成し遂げられることを期待して、人間的な方法やより容易な道を断ったのだ。

5.契約(15-17章)

 

115章:神様の約束はあったけど、アブラハムにはまだ子供がいなかった。それでアブラハムは自分の家で育ったエリエゼルを後継ぎとしようとした。ところが神は必ずアブラハムから出る者が跡取りになることを宣言なさって、その子孫は天の星のように繁栄することを重ねて約束なさった。そしてその約束を確かなものにしようと公式的に契約式を行われた。契約する、あるいは契約を結ぶという意味のヘブル語の表現は「カリトゥ」が使われるが、切り裂くという意味として契約を結ぶときの契約当事者は犠牲の供え物を切り裂いてその間を通り過ぎる。これは、契約を破った場合には、このように裂かれて死ぬという誓いだ。ところで切り裂いたお供え(犠牲)の間を過ぎ去ったのはたいまつであった。神さまの顕現として、神さまはご自身の約束を必ず成し遂げられるという確固たる意志を宣言されたことだった (15:18)。この日は出エジプトした後、シナイ山でもう一度現れた。契約式の後に神さまはご自身の約束を成し遂げる具体的な計画を説明された。アブラハムの子孫が異邦の地で寄留者となり、そこで奴隷生活をし、400年後には神さまが彼らを救出し、彼らが財宝を持ってカナンの地に戻って来るようになるということだった。つまり、カナンを裁かれる反面、アブラハムの子孫には恵みを施すということだった。

 

2) 16:神さまの約束にもかかわらず、サラには相らず子供がなかった。サラは自身の女奴隷であるハガルをアブラハムの妾で置くようにして「イシュマエル」を得た。しかしこれは人間的な方法であったし、これで神さまの約束を置き換えることはできないことだ。 神さまが約束を成し遂げる時、人間の助けや方法を必要とされない。そして必ず約束の通りに行われる。アブラハムとサラの人間的な方法は結局イスラエルに苦しみを与えることになった。罪による効果を見せている。

 

3) 17:アブラハムは99才の時に変わった名前だ。そして彼とその家のすべての男は割礼を受けるように命令された。これは神さまの約束を信じて従う契約のしるしである。しかし相変らず子供はなかった。人間的には子供を持つことができなかった。しかし一年後サラに息子が生まれると言われ、その息子が契約の子孫になると宣言された。結局神さまは人間のすべての手段が絶たれた時まで待たれて、そのどんなものでもできない状況の時に介入なさってことを成し遂げられる。これは、神さまの救済史は人の力では不可能で、ただ神さまの力によって成り立つのを見せるためだった。 

 

6.ソドムとゴモラ(18-20))

 

18-20章に記録された3つの記事は祝福の源であるアブラハムの仲保者的な役割に対するものである。アブラハムは裁きを受けるソドムとゴモラの為に取り成しの祈りをする(18:23-32) 。ロトはアブラハムの誓願の通り、ソドムとゴモラが滅びる中で救いを受ける。 (19:29)

そしてアビメルレクはアブラハムの誤りで苦境に立たされることになったが、アブラハムの祈りを通してその家の不妊が治癒を受ける(20:17-18)。結局この三つの記事は神さまに選ばれた民の祈りの中に神さまが共にし、その祈りに対する答えを異邦人たちが直接目することだ。これにより異邦人は「彼らが呼ばわるとき、いつも、近くにおられる。このような神を持つ偉大な国民が、どこにあるだろうか」と告白するようにするためなのだ (4:7)

 

2)一方で神さまがこの世界の国々を審判して、アブラハムの子孫たちによって新しい強大な国を建てる救済史の中での神さまの方法だ。神はアブラハムに彼の後の家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公正とを行うように命じられた (18:19)。やはり神さまの宣教的目的が入っている。異邦の国々が神さまの正しい裁きを味わうだけでなく、アブラハムの子孫が律法を守って神の公議を表わすことなのだ。それで異邦人たちによって「この律法のように、正義と公正とを行わせる偉大な国民」と人々の口から告白が出るようにさせ、彼らで創造主神さまを探して恵みを求めるようにする目的があった。

 

3) 19:ロトは救出することを受けたが、彼の婿たちは神のお言葉を冗談に思って滅亡されたし、彼の妻は天使の警告を無視して後ろを振り向いて塩の柱になった。神さまのお言葉を無視することになる時、臨む神の公義を明らかに見せている。 (へブル2:3)

 

4) 20:アブラハムはゲラル王アビメルレクの前で誤りを行った。神さまの約束に完全反対になる行動をしたのだ。それにもかかわらず、神さまの約束が成り立つためにその事件に神は即刻に介入された。したがって神さまの約束はいかなる状況の中でも具体的に成り立っていきつつあった。もちろんこの事件はアブラハムの誤りを正当化できるのではなく神さまの真実さを表わすことだった。

 

 


IV. イサクとヤコブ

 

1.イサク(21:1-25:18)

 

1) 21. 神さまがおっしゃる通り、アブラハムが百歳になった時ようやくサラを通じてイサクを得た。ところがイシュマエルがイサクをからかうのをサラが見て、ハガルとイシュマエルを追い出すことを望んだ。サラはアブラハムにハガルとイシュマエルを荒野に追い出すようにした。アブラハムはイシュマエルも自身の子供であったため心を痛めたが神さまはただイサクだけが約束をいで受ける子供なのでイシュマエルを送り出すように告げた。神さまはハガルにもイシュマエルも大きい民族を成し遂げるようになるだろうと約束して慰められた(21:17-21)。神さまはただイサクだけが約束の種であることを明確にされた。

 

2) 22章、イサクが成長した時、神さまはアブラハムにイサクを全焼のいけにえとして差し上げるように命令された。これはアブラハムに大きな試験であった。 アブラハムには理解することのできない命令だった。確かに約束によって与えられた息子であったのに、全焼のいけにえとして差し上げろということだった。神さまの約束とも衝突する命令だったがアブラハムは神さまに従順してイサクを全焼のいけにえとして差し上げた。これをへブル書ではどんな不可能な況でも神の約束が成り遂げられることを信じたことで従ったことだった (へブル11:17-19)。約束を最後まで信頼して従順するアブラハムを神さまが防いで、茂みにかかった羊を代わりに捧げ物として捧げるようにした。そしてアブラハムはもちろん、子孫まで祝福を受け、あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになると約束なさった。 (22:16-18)

 

3) 23. サラは死んで葬られた。アブラハムはサラの埋葬地のためにカナンのヘテ人から土地を買いとった。こちらはアブラハムがカナンで初めて所有した土地というものに重要な意味がある。アブラハムは将来神さまがカナンの地全体を与えることを信じる中でこの土地を買いとったのだ。それにもかかわらず、アブラハムはその地で相らず異邦人であり、旅人に過ぎなかった。

 

4) 24. サラの葬儀後アブラハムは自分のしもべに自身の故郷であるハランに行ってイサクの妻を見つけてくるようにした。アブラハムの子孫が将来カナンの地を獲得するためにカナン人と結婚してはならないだめだった。アブラハムのしもべはアブラハムの親戚の娘であるリベカに出会って彼女をカナンの地に連れて来た。イサクはリベカと結婚した。

 

5) 25:1-18。アブラハムは、イシュマエルとイサク以外にも他のそばめから産まれた息子がいた。アブラハムは死ぬ前に子供に相続地を分割して与え、イサクには自身のすべての所有を承した。他の息子は財物を分けてえ、イサクから離れて東方に行くようにした。ただイサクだけが約束の種としてカナンの地を相続として受ける者だったためだ。イサクとイシュマエルはサラの埋葬地であるマクペラの洞穴にアブラハムを葬った。

 

6) 25:12-18.アブラハムにする記事の仕上げにイシュマエルの子孫から多くの子孫が出て、繁盛したことを説明している。創世記4章と5章での系図でもカインの系図を先に説明し、その次にセツの子孫を紹介し、ノアに連結されるような類型だ。創世記10:2-5節でヤベテの子孫とハムの子孫(10:6-20)を先に扱って、セムの子孫を最後に扱った後に(10:21-31)アブラハムを登場させるようなものだ。つまり、こちらではアブラハムの子孫として先にイシュマエルの系図が出てきて(25:12-18)、その次にイサクの子孫について扱っている (25:19以下)。後ほどイサクの息子の中で先にエサウが出てきて(36)その次にヤコブの子孫の話が出てくる(37章以下)。神学的に解するならば、神さまの選とそれに対する行が強調されている。

 

7)アブラハムに与えた約束がイサクに反復された(26:4)。反面、イサクに対する記事は相的にあまり注目をあびなかった。ところが隣の民族からイサクと一にする神さまの祝福に対しては、より多くの注目をあびた。 (26:28)

 

2.ヤコブ(25:19-36)

 

1)アブラハムが受けた約束はただイサクに続いた。そしてイサクには双子の息子であるエサウとヤコブがあったが、神さまの約束は弟ヤコブに続いた。創世記でのヤコブの記事はアブラハムに与えられた約束である彼の子孫と地に対して徹底的に扱われている。つまり、ヤコブの記事はアブラハムに与えた約束がイスラエルの未来のためにすでに実現されていることを見せている。

 

2) 25:19-34. 앞에서언급되었던이스마엘의계보를보면이스마엘은 12 아들을낳고또그자손이번성하고있는것으로보인다. 그런데이삭에게는자식이없었다. 이삭이리브가를위하여기도한후에야하나님께서그의기도를들으시고리브가로잉태하게하셨다. 리브가는쌍동이를잉태하였는데, 그둘이뱃속에서부터서로싸웠다. 아브라함에게서이삭에게로그다음에하나님의약속이누구에게계승될것인가에대한문제가벌써드러났다. 리브가는하나님에게물었고, 이에 큰자가어린자를섬기리라 는대답을들었다. 사도바울이이사건을언급하였는데, 하나님의주권적선택이다. ( 9:10-13)

2) 25:19-34.前で言及されたイシュマエルの系図を見ればイシュマエルは12息子を産んで、また、その子孫が繁盛しているのを見せている。ところでイサクには子供がなかった。イサクがリベカのために祈った後に神さまが彼の祈りをお聞きになってリベカは身ごもるようにされた。リベカは双子を身ごもったが、その二人は腹の中から互いにった。アブラハムからイサクに、その次は神さまの約束が誰に承されるのかに対する問題がすでに現われた。リベカは神さまに尋ね、これに対して「兄が弟に仕える」という返答を聞いた。使徒パウロがこの事件を言及しているが、神さまの主的選択だった (ロマ9:10-13)

 

彼らは成長したし、結局長子の名分をヤコブが勝ち取ることになった。ところでこの事件でヤコブの行為は卑劣にみられる。しかし聖書はヤコブの行動よりかエサウの長子の名分を軽く思ったことに注目した(創25:34)。へブル12:16節ではエサウのことをばかげていた者だと記している。神さまの恩恵の貴重性を無視してそれをむやみにして堕落する者の標本になったのだ。

 

3) 26. ヤコブの記事の中に、イサクが再び入ってくる。26章はイサクが神さまに受けた約束と祝福を説明することによって、エサウとヤコブが争った「長子の権限」と「長子の祝福」がどんなものであるのかを見せている。カナンの地に凶年になった時アブラハムがしたようにイサクはエジプトに降りて行こうとした。それでペリシテ人の土地にきた時、神さまはイサクにエジプトには降りて行かずに神が指示する土地に住むことを命令された(26:3-4)。神さまがアブラハムに与えた「地」と「子孫」、そして「祝福の源」に対する約束がイサクにそのまま受け継がれた。この約束が直ちに長子の名分に従う特権であった。この約束をエサウは軽く考え、ヤコブは切に望んだのだった(マタイ1112

 

ペリシテの地でイサクはまるでアブラハムがエジプトでサラを妹にしたように、イサクも自身の妻リベカを妹だと言った。それにもかかわらず、神さまがイサクとリベカの家庭を保護なさった。それだけでなく神さまはイサクに祝福を与えその地で富を得るようにされた。ペリシテ人達はイサクが裕福になっていくのを妬んで、イサクに自分たちの地の井戸を使えないようにしようと何回も妨害をした。そのような状況にも神さまはイサクにさらに祝福を与え繁栄させると約束された。結局ペリシテ人たちはイサクが「主に祝福されている者」と認めるようになり、彼らは互いに平和協定を結んだ。

 

一方でエサウは異邦人と結婚して両親の憂いになった (26:34-35)。アブラハムはカナン族と結婚させないためにイサクの妻をハランで探して来たし、それでイサクはリベカと結婚したことなのに、これは彼らの子孫が将来カナン種族を追い出してその土地を占めることになるという神さまの約束のためだった。しかし、エサウはカナンの地でヘテ人の女たちを妻に迎えた。

 

4) 27. 神さまがヤコブを選したのは、彼の敬虔な行為やあるいは信仰があったからではないのを確かに見せている章である。ヤコブはお父さんの祝福を受けるためにお母さんとともにお父さんをだました。明らかに手段と方法を構わずに祝福だけ受ければ良いという誤った信仰だ。お父さんをだまして兄の怒りを買いながらも弁解したりすまないと思わなかった。ヤコブはイサクをだますのに少しの遠慮がないお母さんを非常に似ていた。結局ヤコブが家を出るほかはなくなった。この時点でもリベカは自身の誤りを告白して許しを乞わない。かえってまた、一度の悪恵を出す。リベカはヤコブが約束の継承者になるという啓示をかつて受けたにもかかわらず、それの実現のために神さまに求めなかった。かえって神さまの主を無視する非信仰的な態度を見せた。結局ヤコブは家を出るほかはなかった。   

 

5.28章は、ヤコブが家を出る時。イサクはヤコブを心より祝福した (28:3,4)。彼は卑劣なことを拒まないまでも祝福を受けようとしたが、結局は約束の地を離れて放浪する身分になった。おそらく絶望と後悔が彼を訪れただろう。ところでこの瞬間にも神さまがヤコブの夢に現れて語ってくださったのだ (28:13-14)。このお言葉で神さまはアブラハムからイサクに、そしてヤコブに「地と子孫、そして祝福の源」に対する約束が彼に継承されたのが、公式的に確定されたのだ。神さまはヤコブがどこへ行っても彼と同行しながら必ず彼をこの土地に戻るようにされると約束された。夢から目覚めたヤコブはそちらをベテル、すなわち「神の家」と名付けて誓願の祈りを捧げた。神様は無条件に約束を与えたが、ヤコブは条件的な誓願の祈りをした。まだヤコブの信仰の微弱だということを見せている。

 

6.29-30. ヤコブはハランで叔父ラバンの家に入って20年の間仕事をしながら、彼の娘レアとラケルを妻として得た。レアとラケルの争いの中で彼らの女奴隷まで取って4人を通じて計11人の息子を産んだ。そしてヤコブがカナンに帰郷の途中でラケルを通じて末っ子の息子ベニャミンまで全12人の息子を得て十二部族の祖先になった。一方でヤコブは母方のおじであるラバンに20年間ただ働きの暮らしをした。ラバンは非常にケチだった。ヤコブは母方のおじと新しい契約を結んだ(30:34)。ヤコブが自身の財産を増やすための方式は、科学的根拠がないことだった。それにもかかわらず、神さまが奇跡的な能力を施してくださって(31:12)それ(彼)によって財産を得るようにされた。それを根拠としてヤコブは母方のおじを叱責する(31:42)。出エジプトする時にイスラエル民族が主人から多くの財物を受け取るようにされたのと同じようなものだ (12:35-36)。また、バビロンでユダヤ人がエルサレムの神殿建築のために出てくる時も、彼らに多くの財物を持たすようにされた (エズラ1:4-5;9-11)

 

7.31. ヤコブが裕福になるとすぐにいとこであり義理の兄弟であるラバンの息子たちがヤコブをねたましく思って謀略をした。ヤコブやイスラエルの民がこのように人々に嫌われるのはかえって約束の地に向かった足を速めるようにする刺激になった。この時、神さまはヤコブに先祖の地、すなわち、カナンの地に戻れと命令された (31:3)。これはアブラハムの時から計画して約束されたのを成し遂げるためのものだった。ヤコブはラバンに知らせないで急いで自分の家族らとすべての所有を導いてハランを抜け出した。ラバンは一歩遅れて追いかけてきた。特にラバンが探したのは偶像だった (31:30)。この記事は、その当時ハランはアブラハムが離れる時と同じように相らず偶像に仕えていることを証拠することだ。神さまがアブラハムをそこで呼び出された理由が明確に表れている。結局ヤコブは自身の正当さを明らかにしてラバンと共に平和条約を結んだ。ヤコブがハランで体験したことは出エジプトの状況にあるイスラエルの民の生活に似ている。ヤコブがハランに入る時は一人だったがハランで繁盛して大家族を成し遂げた。ヤコブの家族がエジプトに入る時は70人だったが、エジプトで繁盛して大きい民族を成し遂げた。そしてヤゴプがエサウを恐れたようにイスラエル民族はアマッレクのようなカナン族を恐れてその土地に入ってくることを躊躇した。しかし神さまの同行と導きの中でヤコブがカナンの地に定着したように、イスラエルの民は神さまの保護と導きに従ってカナンの地に入られた。

 

8.32-33. ラバンとの葛藤は解消されたが、ヤコブは故郷に戻ってもっと大きい恐れがあった。自身の双子の兄、エサウの報復を恐れた。ヤゴプはエサウが自分の群れを攻撃することを備えて、二つの群れに分けて神さまの恵みを切実に願った。20年の鍛錬によって、今度は神さまの恩恵を求めるヤコブの姿を見ることができる。ヤコブはヤボクの川で御使いに会って夜通し格闘して祝福を受け取った。この時「イスラエル」という名前を受けたがこの名前は、ヤコブが恩恵を受けるために神さまと他の人らと最後まで競って勝ったという意味でえられたのだ。もうヤコブは人々を祝福する段階になった。神さまの契約の承者としてすべての民族を祝福する者になったのだ (47:7,10)。ヤコブはもものつがいが折れる苦痛にあう犠牲の代価を払った。自我が破られる跡であり、神さまに会った跡として残った。神はヤコブの限界を徹底して認めるようにされた。ヤコブは神さまを対面してみたという意味でそこらの名前をペヌエルとし、その後のヤゴプはエサウの暖かい迎を受けて安らかに故郷に戻った。

 

9.34-35. カナンに戻ったヤコブはシェケムの町に定着した。ここでヤコブは大きな危機を迎えることになる。シェケム族の首長の息子、シェケムがヤコブの娘を強姦して、ヤコブに求婚をした。これにし恨みを抱いたディナの兄さんであるシメオンとレビは陰謀を企て、シェケムの人に割礼を受けさせた後に彼らを殺戮した。ヤコブはこのことによってカナン族に嫌われて死ぬことを恐れた。この時、神さまが彼に現れられた。ベテルに行って祭壇を築きなさいと命令された。この時、ヤコブは自身の家族にあるすべての異邦の神々を取り除いた。問題の原因を悟って、それを解決するために悔い改めたのだ。そしてベテルに行って神さまに祭壇を築いた。悔い改めの次には従順した。彼の名前をイスラエルに確定して彼の子孫が繁盛することと彼らがカナンの地を相続地として受け取るのを繰り返し約束された (35:9-13;32:28)。その後、ラケルはヤコブの12番目の息子であるベニャミンを産んで産苦によって死んで、イサクも死んでエサウとヤコブの手によって葬られた。

 

10.36. イサクの死後、ヤコブの子孫に記事が移る前に、エサウの系図を紹介している。エサウは自分の家族を連れてカナンの地を離れ、ヨルダン川の東セイルの山地に行って場所を据えた (36:6-8)。エサウから産まれた子孫がエドム族だ。ロトの子孫であるモアプとアモンの場合と同じようにエドム族はエサウの子孫としてイスラエル人と親族だった。それで出エジプトしたイスラエル人がカナンの地に入ってくる時、神さまは彼らがエドム族と戦争をしないように命令された (2:4-5)

 


V. ヨセフ(37-50)

 

1.37

 

ヨセフはヤコブが老年に自身の最も愛する妻であるラケルから産んだ息子だった。それでヤコブはヨセフを特に愛した。しかしヤコブの他の息子たちはヨセフを嫌った。最もヨセフは兄たちの誤りをお父さんに言いつけたし、また、自分が兄たちより高まることを暗示する夢を二回も見てそれを兄たちに話した。それによって兄たちはヨセフをより一層嫌った。ヨセフが見た夢は神さまがその人生に対して計画があるということを明らかに教えられるということだった。 それにもかかわらず、二種類の夢で神さまはヨセフに何のお言葉も与えなかった。ただしその夢はヨセフのリダーシップを語っていることだった。

 

兄たちはヨセフを殺そうとくぼみに閉じ込めたが、ユダの提案で彼を殺さないで、エジプトに行く奴隷商人に売り渡した。ここで注目しなければならないのはユダだ。それで38章は突然とんでもなくユダの子孫に対して説明が続くが、ユダは44:32節と同じように自身が十字架を背負う。そのわけでなのか49:10節でメシヤの約束が彼に与えられた。

 

2.38

 

ヨセフの話の中で突然ヤコブの四番目息子ユダの記事が登場する。ユダの嫁タマルが売春婦に変装して舅から種を受けて子孫を継続するという話だ。今日の現代人の倫理と情緒に合わないので、このような話がなぜ聖書にあるのかいぶかしいと考えることができる。しかしこの記事の重要性はこの時生まれたペレツの子孫の中からダビテが出て、さらに進んでその系図からイエス キリストが出るからである(歴上2:3-15、マタイ1:3-16)

 

ユダはカナン人ではないようなタマルと結合して約束された血統であるユダとカナン女性を通じないでユダとタマルを通じてずっと継続するのに成功する。 さらに創世記の中でユダはまさに上にある三兄弟であるルベン、シメオン、レビが自分の役割ができなかったせいで、イスラエルで長男の役割を遂行した。ヨセフとユダの重要性は後代歴史でも重要だが、ヨシュアはヨセフ族の人であったし、ガレブはユダ族に属した人だった。分裂王国時期に北王国にはヨセフ族を監督したヤロブアムが反乱の先鋒であったし、(列上11:28)南王国はユダ族であった。

 

33940

エジプトに売られたヨセフはパロの廷臣で侍従長のポティファルの家の奴隷として入った。ヨセフはポティファルの信任を得て家庭総務になった。ところでポティファルの妻が絶えずヨセフを誘惑した。ヨセフが拒否するとすぐに偽りの訴えで監獄に入れられた。もしこの事件が起きなかったとすればヨセフは引き続きポティファルの家の総務であったことであり、エジプトでそれほど影響力のある人になることができなかっただろう。人は悪を犯すが神さまはそれを利用してご自身の贖いの目的のために利用なさるということだ。

 

監獄でヨセフはパロの臣下である献酌官長と調理官長のふたりの廷臣の夢を解き明かしてあげた。ヨセフの夢の解釈通り、献酌官長は復職され、調理官長は処刑された。ヨセフは献酌官長に自分の悔しさと正しさを訴え、彼が復職すれば自分を監獄から出るようにしてくれるよう頼んだ。しかしその官員は監獄から解放された後ヨセフを忘れた。ヨセフにはこれ以上希望がないように見えた。ヨセフは果たして神さまがどこにいらっしゃるのか?という質問することもできる状況だ。もちろんこの時、悪賢い蛇がヨセフに怒り、悲しみ、願望、冷笑、自分の憐憫の態度を持つように誘惑したに違いない。しかし神さまの贖いの働きには人間の方法がこれ以上効果がなくて、何の希望がないように見える時まで人間を低くされる。それで人間がただ救いのために神さまだけを見上げるようにさせ、その時神さまは働きを始められる。 

 

441

 

苦しみの長い旅程が過ぎ、41章以下では、とうとうヨセフに対する神さまの驚く計画が成就される。パロがおかしな夢を見たが、誰もその夢を解釈できなかった。その時、献酌官長はヨセフを思い出し、彼をパロに推薦した。ヨセフは夢を解釈しただけでなくそれにする解決策も提案した。ヨセフの知恵に感動したパロは即座にヨセフを総理に任命した。ヨセフが17才から30才に達するまでの苦難が一瞬にして神さまの慰めにわった。これを神さまの慰めとしか言うしかないのは、41:45節にあるようにエジプトの女性アセナテと結婚してマナセとエフライムを得たが、最初の息子の名前は神さまがヨセフにとって過去の傷を忘れるようにされたという意味を有しているためだ。二番目息子の名前は神さまがヨセフにとって苦痛と不確実性と挫折の土地でも豊かなを結ぶしもべのようにしたことを意味する。 

 

542

 

7年間が豊作であったし、7年の凶年がきた。 カナンの地にも深刻な凶年が訪ねてきた。ヤコブは息子たちにエジプトに下って行って穀物を得てくるようにした。エジプトで総理になったヨセフを兄たちは見分けることができなくてその前にお辞儀をした。ヨセフに見せられた夢がかなった(42:6;37:5-11)。ヨセフはシメオンを人質に取って、末っ子ベニャミンを連れてこいといった。

 

6.43-45

 

エジプトから持ってきた穀物が無くなった。再びエジプトに行かなければならなかった。今回はヨセフと約束した通りベニャミンを連れて行かなければならなかった。しかしヤコブが反対した。ユダがヤコブを説得して自身を担保にすると誓った後ベニャミンを連れて行った。ヨセフはベニャミンを抑留しようとした。この時、ユダが立ち上がって自身を人質に取ってベニャミンを解いてくれと言った。このような過程でヨセフを無情で無慈悲な人に見ることができる。 自身が苦痛を受けた分だけ返してあげるように見えることもできる。しかしこのような過程を通じてヨセフは兄たちの悔い改めの姿を見ようと思ったのだ。自身を売った時のその姿であるのか、あるいは本にそれを悔いているのかの姿を見ることを願ったのだ。

 

ヨセフは変化している兄たちの姿を見て、抑えきれずに自身の正体を明らかにした。兄たちはヨセフが報復することを恐れた。しかしヨセフはそのすべてのことがヤコブの子孫を保護するための神さまの摂理により成り立ったのを話して兄たちを安心させた。この時、ヨセフの兄弟がきたという噂を聞いたパロは喜んで彼の来た全家族がエジプトに来て豊かに暮らせるように招待した。

 

ヨセフの記事の中でこの部分がターニングポイントである。この時点から家族の和解、治癒、豊かさ、祝福がある。もうイスラエルの未は神さまの摂理的にお世話を受ける下にある。最もエジプトはヨセフによって祝福を享受している。ヨセフを高めて、大切に思う時、エジプトが恩恵を受けていた。創世記12;3節のアブラハムに約束されたのが成就されている。45:5節の生命を救うためにという言葉にはアブラハムの子孫はもちろん、エジプトの人達も含んでいる。なぜならヨセフがいなかったとすればエジプトの人々も飢謹で死んだに違いないからだ。

 

7.46-47:26

 

ヤコブはヨセフとパロの招待を受けて家族を連れてエジプトに下って行こうとした。死んだものだと諦めていたヨセフが生きているという消息を聞いた。しかしヤコブは降りて行くことを躊躇した。なぜなら約束の地を離れることが彼には大きい負担だったためだ。しかしこの時、神さまがヤコブに現れてエジプトに降りて行くのを恐れてはならないと仰せながら、彼の子孫がそちらで大いなる民族を成し遂げることであり、また、神さまが彼らと一緒にいて必ず帰ってくるようになさるとの約束を受けた (46:3-4)。ヤコブの聖化された姿を見ることができる。自身の利益と関連して徹底して敏感だった人が神様の約束をさらに尊く大切に考えているのだ。

 

神さまの約束を聞いてヤコブは安心して、全家族らと共にエジプトに入ってゴシェンの地に定着した。創世記のこの部分は出エジプト記と連結される輪の役割をする部分だ。ヤコブの家族がエジプトに移住したことは神さまがアブラハムに彼の子孫が異邦の国で400年の間寄留者となっていたが、帰ってくるようになるだろうと予告したのを成就していく過程だ (15:12-16)。エジプトに入ったヤコブの家族は70人に過ぎなかったが、400年余りが過ぎた後でその子孫が出エジプトする時にはいに出て行くほどの男だけで六十万人が越える大きい民族を成していた (1:46)。神さまがヤコブに約束された通りその子孫をエジプトで大いなる民族に繁栄されたのであった。

 

ヤコブは死が近づいてくるとヨセフを呼んで自身をエジプトに葬らないで、先祖の墓地であるカナンの地のマクペラの洞穴に埋めることを遺言した (47:29-30)。ヨセフはそのままを守ることを誓った後にヤコブは寝床頭で神さまに敬拝した。ヤコブは子孫たちにカナンの地をご先祖たちの地として刻印させようと思ったのだ。そして将来子孫たちがカナンの地にることを見通していた (49:10)。ヤコブはヨセフの二人の息子マナセとエフライムを自らの他の息子らと同等に認めて祝福した(48)。それによって、ヨセフの二人の息子はヤコブの他の息子らと同等な相続権を受けることになった。これはヨセフが長子と認定されて二つの持分を受けるということを意味する(歴上5:2、申21:17)。ヤコブはその次に他の息子を呼んでそれぞれに当てられる仕事を予言して、祝福した後、自身をカナンの地ご先祖の墓地に葬ることを頼んで死んだ (49)。ヤコブが十二息子に祝福する場面で注目しなければならないのはユダに対する祈りである。ヤコブはユダの子孫の中で統治者が出てくることを予言している。 (49:10)。ヤコブの遺言のとおりヨセフとその兄弟はヤコブをカナンの地、先祖たちの墓地に葬った (50:1-14)。ところが葬儀を終えた後に兄たちはヨセフが報復するかと恐れて彼にうつ伏せになって謝罪した。これに対しヨセフは全てのものが神さまの計画と摂理のとおりなったことだと話して彼らはもちろん彼らの子供まで世話することを約束することで兄弟たちを安心させた。

 

9. 50:22-26

 

ヨセフもやはり死を迎えることになった。死ぬ前にヨセフは神さまがイスラエルの子孫を約束の地カナンに導かれることを言ってその時に自身の骸骨を持って行くことを遺言として残した。ヨセフも将来神さまが必ずエジプトから出るようにさせカナンに再び入るようにされることを確信した。出エジプトが自身の時代に起きることではないということを分かったので自身の骸骨を持って行くことに対して誓えといった。ヨセフもヤゴプのように約束の地に対する切実な望みを有していたのだ (へブル11:22)。ヨセフの遺言はイスラエルの民の出エジプトと共に成就した (13:19)

 

創世記12-50章の記事は、神さまの手がイスラエル史の上にあるということを証明している。アブラハムに約束された地は神さまの時に必ず成就することであり、その子孫の繁盛はとりあえずエジプトで驚くほど増えていくことが予想され、それを見通している。 

 


VI. 出エジプト1-18

(教材 173-240)

 

1. 1

エジプトに入ってきた時イスラエル子孫は全部で70人に過ぎなかった。しかし400年が過ぎた後は、彼らで全地を覆うほど大きく繁盛した (1:7)。創世記15:13-1446:3の御言葉の成就になった。もうその子孫は約束のとおりカナンにってその土地を獲得する時になった。ところでイスラエル子孫が繁盛する中でヨセフを知らないパロが治めながらイスラエルの子孫は迫害を受けた。なぜならイスラエルがエジプトに敵対する国々と同盟してエジプトを攻することを恐れたためだ。パロはイスラエルの民を強労働に動員させ庫城を作るようにした。このような迫害の中でもイスラエルはより一層繁盛した(1:12)。それでパロはイスラエルの繁盛を防ぐために息子が生まれれば殺して、娘だけ生かせと命令をした。しかし神さまは産婆たちに恵みを施して産婆たちがパロの命令を回避するようにさせ、イスラエルはより一層強くなっていった (1:20)。結局神の民を除去しようとする悪い行に対して神さまはご自分の民を保護された。さまの贖い史の中には神さまの救いの行為がその中心にある。神さまの救済史の中には贖いの史を邪魔する悪の勢力がある。そうであっても神さまはもっと大きい救いの手助けを施されるのを現わしている。

 

2.2章

パロの民族抹殺政策の中でレビ族からモーセが生まれた。子供をナイル川に流してしまうが、パロの王女が発見して救い出し、その名前をモーセと名づけ自身の養子として育てた。モーセという名前は救援者(drawer)という意味で将来自分の民をエジプトから救い出す彼の役割を暗示してくれる。モーセはエジプトの王子として王宮の最高の教育を受けた。こういった背景はそれ(彼)が出エジプトの指導者になり、また、五書を記録することに役に立った。モーセは自分の同族が強制労働で苦痛を受ける現場で、そのエジプト人を殺して死体をこっそり埋めた。その後はへブル人同士が戦うのを止めようとしたが同族から非難を受けた。ーセの権威に対する不平は今後展開する事件の中でしばしば登場する (5:2117:3、民14:1-416:1-11)。このような事件は感謝することを知らないイスラエルの民たちを救い出す役割をしなければならないことを見せるためだった。パロがモーセの話を聞いて彼を殺そうとしたので、モーセはミディアンの地に逃げた。ミディアンの井戸でミディアンの祭司の娘たちに会った、その娘たちを井戸を独占した者から保護してあげた。これはモーセの救助者の使命を表わすことだ。モーセはその娘たちの中でチッポラと結婚した。パロの迫害は続き、イスラエルの民は神に叫んだ。神さまはその叫ぶことをお聞きになってアブラハムとイサクとヤコブにたてた契約を思い起こされた。これは忘却されていた記憶が生き返ったという話ではない。神さまがイスラエルの民をエジプトから救出することがイスラエルの先祖に約束された契約に基づいていることを強調することだ。

33-4

モーセが荒野で羊を飼って40年の歳月を送って80才になった。ホレブの山で燃え失せない芝の木を発見してその中で神さま会った。神さまの聖さと偉大さを知るようになった。神さまはモーセに自らをアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神だと紹介して、パロに行ってイスラエルの民をエジプトから出て行くようにしろと告げられた。神さまはご自分の民を奴隷生活から救い先祖たちに約束された乳と蜜の流れる地に連れていくご自身の計を宣言された。モセの使命はパロを説得してイスラエルの民がエジプトから出て「この山で神さま礼拝することだ。」 (3:12)

 

モーセは過去のエジプトの王子だった時とは違って続けて弁解をしながらその使命を回避した。過去には自身の力を頼ったが、今は反対に行き過ぎた敗北主義に陥って神さまの召しを拒否した。モーセの弁解と神さまの説得は5回もかけて論争に進行するが、最初モーセは自身が何者でもなく、そのような途方もない仕事をする位置にないといった。しかし神さまはモーセがどんな人かを問い詰めないで、ただ神さまが共にすることを約束された(3:12)。二番目にモーセは神さまがどなたかを尋ねた。これは彼が神さまに対してよくわからなくてその方を全面的に信頼できないということを意味する。これに対して神さまは「自らある者」という意味としてのエホヴァの名前を教えられた。神さまはこの世のどれにも依存されないて、自ら存在する神さまで創造主なる神である。すなわち、全知全能なる神である。したがって神さまの名前が、その民を救い出されることを保証するものだった。三番目にモーセは他の人が自分の話を信じないだろうという理由を上げた。神さまは三種類のしるしを見せられた。四番目でモーセは自分は話が上手ではないと弁解した。事実彼はエジプトの宮廷で教育を受けて言葉と行動に優れた者だった(使7:21-22)。もちろん彼が荒野40年の間話ができない人になった可能性はあった。しかし神さまは自身が創造主だということを彼に思い起させた。五番目で、モーセはこのことに相応しい者を送るようにといった (4:13)。この時神さまは彼にアロンを同労者として一緒に行かせると告げた。

 

モーセが家族を連れてミディアンからエジプトにる旅程で神さまがモーセを殺そうとした。突然の事件だった。チッポラが息子に割礼を行ってその包皮をモーセの前に置いた時神さまが彼を離された。割礼は神さまがアブラハムとその子孫に神さまの約束を信じて受け入れるしるしとして要求される契約的な義務だった。ここで完全に従うという姿勢が要求されたのだ。後に、出エジプトした時にも(カナンの地に入る時にも)割礼は過越祭に参加するための必須条件だった(出12:48、ヨシュア5:9-10)。それでモーセが息子に割礼を行わなかったのはその心が完全に献身しなかった証拠だった。それでモーセは危機に陥ったのだ。このようにモーセは家族と共に神さまの民に合流する前に必ず割礼を行うべきであった。

 

エジプトから帰ってきたモーセはアロンと共にイスラエルの子孫たちに神さまの救いの計画を伝えてその前にしるしを行った。この時、民はモーセを信じて神さまに敬拝した。しかし苦難が差しせまってくる時、彼らは不平を言って恨んだ。まだ確固たる信仰がなかったからだ。

 

4.5-10

 

モーセとアロンは人々に会った後パロに進み出てイスラエルが荒野に出て行って三日の間祭りを守るようにしてほしいと要請した。しかしパロはエホヴァを知らない(5:2)と言いながら拒絶をし、イスラエルの民をさらに酷使した。人々はモーセとアロンを恨んだ。神さまはモーセに救いの約束を確証された (6:6-8)。しかし現実はより一層難しくなったし、モーセは落ち込んだ。

 

失意に陥ったモーセを神さまが再び呼んで、彼をエジプトを打つ神さまの代行者に指定された。さまはモーセをパロにとって神と同じ存在になるようにして、アロンを代弁人として立ててパロに相手するようにされた。これは霊的対決なので、パロは神としてエジプトの安寧と安全を保障する者としてあがめられていたためだった。神さまは先にパロの心を頑固にさせてパロがモーセとアロンの話を聞かないだろうとあらかじめ警告された。神さまがパロの悪い心と意地っ張りなところを利用して、自身の光栄を現わす機会にされたことだった。なぜなら神さまがパロを屈服させることにおいて、一つ、二つの災難で十分にできた。それにもかかわらず、神さまはパロを意地っ張りにさせて十個の災難を注がれたのだった。ここには神さまの目的があった。パロとエジプトの人々に神さまがどんな方なのかを確かに分かるようにするためだった(7:5,178:10,229:29)10の災難を通じてパロやエジプトの人々は神さまを認めなければならなくされた。また、10の災難を通じて神さまの名前が全天下に証しされるようにした (9:14,16)。神さまのエジプトを打たれた奇跡はカナン族にまで証拠となって神さまを恐れるほどになった(ヨシュア2:119:24)。また、神さまは途方もない奇跡でイスラエルの民が救出されることによって彼らが契約の民として神さまに対する明らかな知識と信仰を持つようにさせることにあった (6:711:7)。また、神さまのみわざを記憶するようにすることに目的があった(10:2)

 

6:14-27節では、レビ族の子孫としてモーセとアロンの系図を説明した。この記録は400年に5代だけがあるということをいうのではなく選別的に記録するためであった。

 

十の災難のうちで、初めの九の災難はそれぞれ三つずつの災難が三段階に進行された(3+3+3)。これは災難が段階別により一層高まるのを見せている。各段階の中で最初の災難は「朝、パロのところへ行け」という神さまの命令で始まった。すなわち、パロのところに行って災難にしてあらかじめ警告することだった。この警告は「私がエホヴァだとあなた(パロ)が知るためである」 (7:178:229:29)のお言葉を含んでいる。1-3回目の災難はまだ致命的なものではなく、ただ面倒な程度ということができる。二番目の災難は「朝」という時間指定なしで「パロのところに行って彼に言え」と始まった。

 

二段階目の災難は病気を起こすことだった。この災難はエジプト人にだけおりるようにされることによってこの災難が偶然に起きたことでなくエジプトに対する神さまの意図的審判であることを確かに見せている。特に6回目の災難でエジプトの呪法師までもが被害をこうむったとのことを言及することによって災難がますます強力になるのを強調している。そして三段階目の災難は警告なしにパロに進行され、各段階の中でも頂点と言える役割をする。三段階目の災難は農作業と関連したことで生命を脅かすほどのものだった。このように災難がより一層ますます強くなって行くのは、神さまがパロを完全に屈服させようとするように見える。

 

5.11:1-13:16

 

十回目の災難は神さまがモーセを通じてパロに今までしてきたこととは違った方式で最後通告をした。人々の初子は勿論ではあるが家畜の初めての子も皆死ぬということだった。この災難はアロンやモーセを使わず神さまご自身が直接夜中に働かれたことだった。この災難を最後に、イスラエルの民がエジプトを離れるために神さまはイスラエルの民にエジプトの人の装飾品を求めるようにと語られた。

 

神さまはイスラエルの民を救出する決定的な救いのみわざのためにイスラエルに特別な準備儀式を行うようにされた。その儀式は各家で子羊を殺してその血を門柱に塗ってその肉を食べる。腰に帯をしめて足に靴を履き、手に杖をとらえて急いで食べるということだった。神さまは門柱に塗られた羊の血をご覧になりその家はすでに死が下されたという目印になさり、滅亡の使者がその家を打たないで過ぎ去るようにされることを約束された。離れる支度をした状態で食べるよう命じたことは彼らがエジプトを急いで出るようにするためだった。これはエジプトとの怠りない断絶を意味することでもある。 

 

神さまの命令とおりに過越祭を備えたイスラエルは死を免れた。この災難にパロは屈服した。エジプトの人々も神さまの権威を恐れるようになって、イスラエルの民が金銀を求めるとすぐに渡した。これはイスラエル国民らが奴隷生活した間に対する正当な補償だった。イスラエルの民がエジプトを離れる地点であるラメセスは、ヤコブが初めてエジプトに移住して定着したラメセス(創47:11)と同一なところだった。ヤコブの家族がエジプトに定着して430年ぶりにイスラエルの民はこの地を離れることになった。その間彼らはそこでパロの国庫城を作るのに動員されて奴隷暮らしをしたのだ。

 

神さまはイスラエルに代々過越祭を守るようにされた。これはイスラエルの民にとって神さまの救いを大々的に記念して神さまに仕えるようにするためだ。過越祭はイスラエルの祭りの中で最も重要なものなのだ。それで過越祭をその年の最初の月として宣言し、すべての割礼を受けたイスラエルの人々と家族とが守らなければならなかった。誰でも過越祭を守らない者は死を免じにくかった (12:2,15,19)。これはまた、窮極的には、私たちに代わって死んで私たちに永遠の命を得るようにされたイエス・キリストの犠牲を予表することだ。キリストは捕えられる前に過越祭の晩餐を通じて弟子たちにご自身の死の意味を教えられた。そして弟子たちにそれを行ってイエスさまを記念するように教えられた (ルカ22:19)

 

神さまはエジプトを抜け出したイスラエルの民を南側紅海の荒野に導かれた。もしイスラエルの民はすぐ海岸に沿って東に上がればカナンに直行することができた。しかしそこにはペリシテ人が住んでいて、まだ準備されていないこの民が戦争に会うとおじけづいてエジプトに引き返すことが起こらないようにするためだった (13:17)。ところで問題は、神さまはイスラエルの民を紅海の前、追い詰められた道にくるようにされたのだ。パロの軍隊はイスラエルが荒野で道に迷ったと考えて追いかけてきた。この時、神さまは紅海を分けてイスラエルの民を渡るようにされた後、再び水をひっくり返してエジプトの軍隊を抹殺させた。この光景を見たイスラエルはより一層確かに神さまを畏敬してモーセを信頼することになった (14:31)。紅海の奇跡を体験してモーセの歌(15:1-18)とミリアムの歌(15:19-21)で神さまを称賛している。この歌はカナンの地こそ神さまが作られた聖所であり、神さまが永遠に治められるという告白で終えられた。

 

しかし五書でしばしば出るように、神さまに対して大きい経験や信仰の行為の次には疑いと不順従が後に従ったりした(出32章、レビ10章、民13-14)。紅海を渡った後モーセに大きく不平を鳴らす三つの事件が起きた。まずイスラエルの民が水のないシュルの荒野で三日の間さ迷ってやっと水に会ったが、潮が引いて飲むことはできなかった。モーセが祈る時神さまがモーセにある木を示され、その木を水に入れると水が甘かった。そして神さまが彼らに神さまの戒めを守ればエジプトの人々におりた災難を彼らには下されないことを約束された。この事件の教訓は、マラの苦水のような彼らの生活が神さまの指示に従って御言葉のとおり従順して生きる時に幸いな生活を送ることができるということだ。二番目の不平は、シン荒野で食べるものがないとモーセとアロンを恨んだのだ。これに対し神さまが朝にはマナを与え、夕方にはウズラを与えた。これを通じてイスラエルの民は神さまが救いの神さま(16:6)であることと契約の神さまなのを知ることだった(16:12)。また、その日の必要な分だけ集めるようにされることで神さまを完全に信じて頼るようにさせるためだった。また、7日目に休むのはこれから下さる律法を全て遵守するための予備的訓練だった。三回目の不平はシン荒野を離れてレフィディムで陣を敷いたが、イスラエルの民は水がないという理由でまた恨んだ。三つ目の不平の中でここでの不平が最も深刻なことだった。「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのですか。私や、子どもたちや、家畜を、渇きで死なせるためですか。」 (17:3)であったのに、これはイスラエルの民をカナンの地に導こうとする神さまの贖いの計画を拒否するのと同じようだ。このようにイスラエルの民が神さまをテストしたというのは深刻な問題だ。神さまをテストするのは不信と傲慢が彼らにいっぱいであるのを表している。

 

イスラエルの民がまだレフィディムにいた時アマレック人がイスラエルの民を攻撃した。イスラエルの民が出エジプトして初めて体する戦争だった。もちろん今後彼らは引き続き戦争しなければならない。モーセはヨシュアを前に出して軍隊を率いって出て行って戦うように命じた。自身は丘の頂に登って、すべての人々が見る中でモーセの腕が上げればイスラエルは勝ったし、モーセが疲れてその腕がおりればイスラエルは負けた。ーセがヨシュアに「あす私は神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」(17:9)と話したのは、これはモーセが丘の頂に上って杖を高く上げるということだ。モーセはこの杖を持って10の災難を起こしたし、紅海を分ける時もこの杖を差し出したし、アマレックとの戦闘でも高く上げたのだ。これは、力を持ってエジプトを打たれた神さまがアマレックも打つというのを可視的に見せるためのものだった。先に神さまがおられるのか、おられないのかをテストしたイスラエルの民に神さまの臨在とみわざを確信するようにさせるためだった。戦争が終わった後モーセはそこに祭壇を築き「アドナイ・ニシ」と呼んだ。エホヴァは私の旗という意味で神さまの導きに従って進む時に必ず勝利するという信仰告白が入っている。

 

7. 18

ーセがシナイ山の前に達して陣を敷いている時、モーセの舅イデロがモーセの妻チッポラと二人の息子を連れてきた。イデロは神だまのみわざを聞いて神さまに栄光を帰した。またモーセに裁判を助ける人々を立てるように助言した。舅の助言によりモーセは千人隊長、百人隊長、五十隊長、十人隊長を立て、彼らをモーセに代わって容易なことを判決して難しいことはモーセに上げた。

 


VII. 契約(出19-40)

 

1. 19

 

エジプトから出たイスラエルはすぐにカナンの地に行かないで、ひとまずシナイ山の前へ行って陣を敷いた。これはイスラエルがエジプトを出てそこに着き神さまを仕えるだめだといわれたお言葉のとおりに成り立ったのだ(3:12)。民は山のふもとに陣を敷いた。モーセだけ神さまに会いに山に上がったが、そこでモーセは神さまとイスラエルの民との契約を結ぶのに仲介役割をした。神さまは契約の三つの条件とそれにともなう三種類の祝福を提示された (19:5-6)。これは出エジプト記後半部とレビ記の枠組みになる。

 

< 19:5-6)>

 

1.原因:エジプトから救出してここまで導いて来られたこと

2.効果:あなた方がわたしのことばを聞いてわたしの契約を守れば<19-24>

3. 結果:(3種類祝福) 1)あなたがたはすべての国々の民の中にあって、私の所有となる<25-40>

2) あなたがたはわたしにとって祭司の王国となる

<レビ1-10>

3) 聖なる国民となる<レビ11-27>

 

この提案を聞いてイスラエルの民はいっせいに神さまのおことばをよく守ると答えた。しかし自分たちの返事が持っている意味を深く考えないでとても性急に答えたことに違いない (19:8)。しかし一次的に契約の当事者と双方間に口頭上の同意が成り立った。これに対し神さまはイスラエルの民に聖く準備して待つこととむやみにシナイ山に接近できないように警戒された。なぜならもう神さまがシナイ山に降臨してその民と契約を結ばれるためだ。

 

2. 20-23  (契約条項)

 

1)契約を結ぶための同意が成り立った。もうイスラエルの民が守らなければならない神さまのおことば、すなわち契約の項が具体的に提示された。これはイスラエルが神さまの律法を守って神さまの民になるのではない。救いの条件や基準をいうのではない。律法は神さまの統治の原理が反映された契約条項として、神さまの契約の民が当然守らなければならない人生の指針だ。

2)最も基本的な律法として十戒が与えられた (20:1-17)。初めの四つの戒律は神さまと垂直的な関係を規定していて、後半部の六つの戒律は人間相互間の水平的な関係に対することだ。二つの戒律は本質的な永続性を帯びている。二つ戒律は退化しなくて、これは絶対性を有している(教材247)。律法は契約の民に要求される聖さが何なのかを定義してくれる。

3) 20:18-23:19節。イスラエルの民は神さまが十戒を与えた時、直接仰せられることばを聞いて恐れたあまり、残りの法規はモーセを通じて間接的に受けることを望んだ (20:18-21)。それで十戒の他に他の法はモーセが神さまから受けて民に伝えた。二つの法規は基本法である十戒を具体的に適用させ際に施工される法律といえる。ただしこの法規集は十戒の構造とは違って神さまに仕える礼拝法から始まって人間関係に対する社会法を提示して、再び神さまに対する法で終えられた。

) 23:20-33節。十戒と法規を与えた後、神さまが終える話をされた。ただエホヴァの神だけに仕えて神のおことばに順にすることを命令された。合わせておことばに従順すれば、神さまが彼らの敵たちに立ち向かって打ち破り、その地で祝福を与えることを約束された。

 

3.24(契約締結)

 

モーセは神さまが与えた戒めと定めなどをイスラエルの民に具体的に提示した時、彼らは神さまのおことばに従順することを約束した。自発的な同意が成り立ってこれに対し神さまとイスラエルの民が公式的な契約式を行って契約関係が結ばれることになった。この契約式は血によって結ぶということだった。モーセは祭壇を築いて全焼のいけにえを捧げ、その犠牲のお供えの血を受けて半分は祭壇にばら撒いてりの半分は民にばら撒いた。血をばらまくのは命をかけて契約を守ることを誓うことだ。この契約はイエスさまがその血によって立てられた新しい約束で代替された(ルカ2220)。

 

血の契約式が行われた後にモーセとアロン、そしてイスラエルの代表が神さまの前に上って契約食事をした。この契約食事は神さまとその民の間に契約が結ばれたのを祝って記念するということだった。また、血をばらまく儀式が契約を破った時について来る死の刑罰を警告することならば、契約食事は契約を守った時について来る祝福を予示することだったのだ。

 

契約式が終わった後に神さまは再びモーセを山に呼んで40日昼夜を神さまと一緒にいるようにされた。その目的は「律法と戒めとをご自身が記録した石の板」をモーセに与えるためであった。「あかしの箱」 (25:16,29:18,34:29)ともいう、この二つの石の板は、神さまとその民は契約関係を立証する証拠書類あるいは協定書のようなものだった。そのためにこの石の板は幕屋の核心器物であるあかしの箱(契約の箱)に保管することになる(25:16)。新しい契約の場合、聖霊さまが戒めを心に刻んでおかれることとして、より一層確実な契約関係の証拠ということができる (エレミヤ31:33)

 

4. 25-40 (幕屋)

 

出エジプト記のこの部分は現代の読者に若干退屈に感じることができる。しかし神さまとイスラエルの民が契約を結ぶことでエホヴァ神さまがイスラエルの神さまになられてイスラエルはエホヴァの民になる契約関係が成立した。契約的な結束を立証するしるしとして神さまはその民にとって幕屋を作るようにされた。神さまの居所である幕屋をイスラエルの民の陳の中に置くことで王である神さまが親しくその民と共に居住されるということを現わすためのものだった (レビ26:11-12)。従って幕屋を作るようにされたことは神さまが初めから提示された契約のおことばの中で「あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの所有となる」という約束を成し遂げるためのものであった。 

 

1) 25-31 (幕屋の設計図)

神さまの偉大な居所を作るための設計は幕屋の中に置く器具と(25)幕屋の構造物(26)そして幕屋の周囲の広場とそこに置く器具に対することだ。 (27)

 

幕屋の中には二つの部屋があった。最も内側は至聖所(極めて偉大なところ)として神さまが臨在なさる部屋を意味する。こちらにはただあかしの箱(契約の箱)だけ置いた。箱の中には証の板を保管して、その上に純金で作った「贖いの蓋)を覆った。この贖いのふたの上には翼を広げて顔を下げた二つのケルビムを置いた。ケルビムは神さまを護衛する役割をする霊的存在を示す。神さまは贖いのふたの上のケルビムの間から命令されるので贖罪所は王の補佐のような所だ。

 

至聖所の前にある部屋が聖所(偉大なところ)だ。ここには三種類の器具があったが、香の壇と机、そして灯皿を置いた。上には十二個のパンを毎日新しいもので整えておいた(備えのパン)12という数字はイスラエルの12部族と関係があって、神さまとその民が交わす交際を象すると見ることができる。机に向き合っておく燭台は7つの枝で伸びている木の形になっていて、その上の火が聖所の中を照らした。木の枝の上の火の形は炎の剣で覆われている命の木(創324)と、もしモーセが神さまを初めて会った時に見た、火に燃えている柴の木(出32)を連想させる。従って燭台はただ聖所の中の照明の役割をするだけではなく、神さまがその民に与える霊的照明と恩恵を象徴しているといえる。

 

26章は、聖所をおおう4つの幕屋と幕屋を支える横木と板と台座、聖所と至聖所を区分する垂れ幕、そして聖所の入口の門についての説明である。ここに注目すべき点は聖所と至聖所を区分する垂れ幕にはケルビムなどを織り出さなければならない(2631)。ケルビムの護衛を受ける神さまの臨在を象徴するということだ。幕屋の工事は金属材料として金、銀、銅が使用された。中心の器具は金で作られ、中間は銀、そして外の材料として銅が使われた。

 

27章は幕屋の周辺の庭に対する説明だ。幕屋の周辺で垣根になる包装を打って庭を作って、庭中幕屋の前に水の先盤と祭壇を置いた。祭壇はお供えを燃やして捧げる所であるから藩祭壇といった。会見の天幕を照らす灯の油に関する指示があり、幕屋に関する設計が仕上げされた。

 

28章は祭司の衣服に関する指針だ。アロンとその息子は偉大な聖所で神さまを仕える祭司であるだけにその職分に似合うように精巧にさせた偉大な身なりを備えなければならなかった。特にアロンは大祭司として特別な姿をした。エポデは肩から帯で結んだエプロンのようにできたものとして祭司の衣服で最も外服で着るものだった。二つの肩パジにそれぞれ宝石が付いた肩章があって、そこに十二部族の名前が彫られていた。エポデの前に胸側には判決の胸跡を付けた。ここに三ヶずつ4種類の宝石がついていて、各宝石には十二部族の名前が彫られていた。これは大祭司が神さまの前に進む時宝石のように特別な所有であったイスラエルを代表して立つのを象徴することだ。

 

判決の胸当ての中財布にはウリムとトミムがあって、神さまの前に尋ねに行く時はこれを胸に付けた。ウリム(光)とトミム(完全)は初期王朝時代まで神さまの御心を尋ねるための道具として(27:21、サム上28:6)その材料や形に対しては確実な資料がない。その他にも大祭司はエポデの下に青色になった上着を着て(28:31-35)、額には「主への聖なるもの」と書いた純金の札をつけて(28:36-39)、下着を着て帯を帯びてターバンをカぶって、裸が現れないように中ズボンを履いた (28:40-43)

 

29章は祭司長の委任式に対する説明だ。アロンに大祭司長の衣服を備えるようにして彼の頭にそそぎ、彼の息子もやはり祭司長の下着を着て共に委任を受けた。雄牛一匹と雄羊二つに手続きに従って委任式の捧げ物を差し上げた後にただ祭司長だけが委任式の肉を食べた。以後で祭司長は会見の天幕の前の祭壇で毎朝と夕方で一年になった幼い羊を神さまに全焼のいけにえとして捧げた。これはいつも捧げる全焼のいけにえという意味で常供に捧げた。神さまはここでイスラエルの民と会って約束のことばを仰せられた。民は王となられる神さまの前に献物を差し上げて、神さまはおことばでその民を統治するということだ

 

30 章は香の壇と先盤など、その他の器具などについて説明している。聖所に置いた香の壇は至聖所と最も近く置かれていて(黙5:8)、先盤は幕屋の前に置かれていて祭司長が聖所に入る前に洗う所として、神さまの前に進み出る時、清潔でなければならないと強調する。

 

31章はこのすべての工事を、責任を負うべき賢い技術者としてベツァルエルとオホリアブが任命された。最後は安息日に対する規例として、神さまの聖所を作る工事といっても必ず神さまの律法のとおり安息日を守らなければならないことを命令された。

 

232-34 (金の子牛の事件)

 

神さまがイスラエルの民と契約を結んで律法を与えたし、幕屋を作って彼らと一緒におられることを計画された。モーセが40日間山に留まっていて幕屋に対する指示を受けた。しかし民は不安な心に自分たちが考案した通りの金の子牛を作った。そしてそれにエホヴァという名前を付けて自分たち自ら祭りと名指して神さまを礼拝するという美名の下で踊って遊んだ。これに対し神さまは怒りモーセに降りて行くように、彼らを滅亡させるといった。幸いなことにモーセの仲裁の中で神さまはひとまず怒りを止まられた。

 

神さまから証の板を受けて降りてきたモーセはイスラエルの民が金の子牛を崇する姿を見て大きく激怒して二つの証の板を山のふもとに投げて破った。証の板は神さまとイスラエルの民の間に結ばれた契約を保証する契約証書のようなことなのに、イスラエルの民が金の子牛を崇拝して契約を破棄されたので証の板の存在は意味がなくなったのだ。モーセは金の子牛を燃やしてなくして粉をひいて水にばら撒いてイスラエルの民で飲ませた。そしてエホヴァの方に着く者を招集するとすぐにレビの子孫が出た。これらが民のうちに三千人を刃物で処断した。

民の一部を処決した後にモーセは神さまの前に再び上がって民を代表して悔い改め、許しを請うた。エホヴァはこの民と一緒に行けば彼らを殺しそうだと告げながら、この民らと一緒に行かないといわれた。王である神さまがその民との断絶を宣言されたのだ。これに対しイスラエルの国民らは体に装身具を引き離して悲しんで謹慎した。神さまはまた恵みを施して許されたし恩寵の表示としてモーセの前に特別な光栄を見せられた。モーセの顔に光が放った。その次にモーセは神さまの命令により再び山に登って40日を留まりながら新しい証の板を受け取って来て、神さまはその民と再び契約を立てられた (34:10)

 

3) 35-40章(幕屋の工事)

 

35章以下でいよいよ幕屋の工事が始まった。民が喜びで志願して記念品を差し上げ、また神さまから知を得た技術者たちが立ち上がって幕屋を作ってその他幕屋の器具らと、祭司の礼服などを作った。

 

40章で神さまの命じられたすべてのことを進めて出エジプトした翌年にすべての工事が終えた。幕屋を奉献する時、雲が幕屋に覆われて神さまの光栄がそちらに充満した。これは神さまの臨在を可視的に見せることとしてシナイ山に降臨された神さまがこれからその民と共に幕屋に住まわれるようになったことを意味する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

VIII. レビ記1-10章(捧げ物)

 

1. レビ記の構造

 

出エジプト記の最後は幕屋が完成されて神の光がそこらに臨むのを見せてくれた。もうレビ記が始まりながら神は完成された幕屋でモーセと会いながら引きき律法と規例を与えた。神さまが幕屋に臨在なさりながらその民の中に共におられるということだ。このような況はその民にとって新しい次元の生活を送らなければならないことを要求されることだ。したがってレビ記の律法と規例は神と一に暮らす民の義務を規定することだ。レビ記は祭司長だけの聖さを扱っていることは決してない。すべての民と関連している。レビ記はすべての人に適用される聖さについて扱っていることだ。

 

1)祭司に対する律法など(1-7)

2)祭司長の委任に対する律法など(8-10)

3)肉体的-道徳的不正に対する律法など(11-16)

4)肉体的-道徳的聖さに対する律法など(17-26)

5)誓いに対する律法など(27)

 

2. レビ記の前判部

 

レビ記の前半部は1-10章だ。これは幕屋で捧げるようになる捧げ物にする律法として、これは神さまの契約に従う二番目の祝福、すなわち「祭司の王国となる」という約束と関連がある。先に捧げ物の種類と手続きを説明する捧げ方式が説明されて(1-7)その次に祭司長としてアロンと息子たちが委任を受けたのと(8)、委任された祭司長が行う職務についての記事が出る(9-10)

 

3. 1-6:7 5代の捧げ物

 

捧げ方式は代表的な五種類の捧げに対する規例を説明する。その中で1:1-6:7はイスラエルの子孫である一般の民に指示する規例であり、6:8-7:36は祭司長であるアロンと彼の子孫に指示する祭司長の規例だ。すなわち、それぞれの捧げ制度について一般規例と祭司長の規例が対比されている。

 

1) 全焼のいけにえ (1;3-17)

 

全焼のいけにえは毎朝と夕方で差し上げた。全焼のいけにえは犯罪した人間が罪によって神様から怒りを受けて滅亡され完全に死ななければならないということを語っている。全焼のいけにえを捧げる者は犠牲となるお供えの頭に按手して自分の罪をお供え(犠牲)物に転嫁させた。そして自分の代わりにお供え(犠牲)物が死ぬようにした。全焼のいけにえになるお供え(犠牲)の血を受けて祭壇四方にばら撒き、肉は部分部分を裂き分けてその全部を燃やして差し上げた。血をまき散らすというのは罪を覆うという意味を象徴的に見せることで贖罪を意味する。全焼のいけにえというお供え(犠牲)全部を火に焼くのは罪に対する神さまの完全な怒りで死ななければならない存在というものを悟らせている。全焼のいけにえとなるお供え(犠牲)は経済的条件により傷がない牛や羊、ヤギそして鳩子を差し上げることができた。牛、羊、ヤギは肉を部分に切り分けて燃やす反面、その翼を引き裂きなさい。完全に切り離さないで燃やして全勝のいけにえとして捧げた。

 

2) 穀物の捧げ物 (2:1-16)

 

血を流すことがなく穀物で差し上げる捧げものであり、おそらく動物で全焼のいけにえとして捧げられる状態になれない人々は穀物の捧げ物を差し上げたと見られる。しかし穀物の捧げ物は他の捧げ物と追加して一に差し上げた特徴がある。他の捧げ物には神さまの側での赦しが重視される反面、穀物の捧げ物は人間側で感謝と決断が重要視されている。捧げ物には人間の志願する心と喜びを現わす。すなわち、他の捧げ物と穀物の捧げ物が共に差し上げられることによって神さまの行為と人間の反応が表現されている。お供え(犠牲)を差し上げる方式は穀物をきれいな粉をそのまま持って来たり、あるいはいろいろな方法で料理して食べ物として持ってきた。ただすべての穀物の捧げ物にはパン種を入れないで塩を入れるようにした。変わったり腐らないようにすることで神さまの前に純潔で真実の献身を差し上げることなのだ。穀物のささげの場合、一部だけ神さまの前に記念物で焼いて残りは祭司長の持分として取らした。

 

3) 和解のいけにえ (3:1-17)

 

全焼のいけにえによって罪が赦されると神さまとの係が回復したことで感謝する意味で捧げる物が和解のいけにえだ。和解のいけにえは罪と関係なく差し上げられたりもした。(感謝祭、誓願祭、志願祭)全焼のいけにえとは違ってお供え(犠牲)の内蔵いて胸と後足を祭司長にえてりは民らが食べることができた。祭司長だけでなく捧げ物に加した礼拝者と家族が共にお供え(牲)を分け合って食べた。和解のいけにえの肉が感謝祭の場合はその日にすべて食べなければならなかったし、誓願祭や志願祭の場合には翌日まですべて食べなければならなかった。和解のいけにえとなるお供えは雄と雌とは関係なく牛や羊、ヤギを差し上げて、ここに鳥が含まれないのはおそらく和解のいけにえのお供えを多が分けて食べるということのためだ。ただ油と血は誰でも食べることが禁止された。

 

4) 罪のためにいけにえ (4:1-5:13)

 

非故意的に戒めを破ったり否定することになった人が贖罪のために差し上げる捧げである。戒めを破った者は神との契約から疎外されることであるから神さまとの壊れた関係を回復するようにする恩を施されることだ。贖罪祭で特異なのは犯罪者の身分によりお供え(犠牲)が変わるということだ。祭司長やイスラエルの全民の犯罪に対しは雄の牛を差し上げて、族長が罪を犯した時は雄やぎを捧げた。神さまが指導者たちの罪に対してもっと大きい責任を問うことだ。 一般の人々は雌ヤギや雌羊を差し上げるが、そこにも力が及ばない人々は穀物で代わりに差し上げることができた。     

 

5) 賠償のためのいけにえ (5:14-6:7)

 

贖罪祭と似ているが、おおむね贖罪祭より軽微な犯罪として、主に幕屋の物や財産に関わった誤りを贖罪する捧げ物だ。エホヴァの聖物と隣の物に損害を及ぼした時に20パーセントを加えて補償した。神さまに罪を赦されたからといって隣に及ぼした損害を冷遇してはいけない。20セントは加えて補償させることで隣の物を大切にして完ぺきに補償するようにすることだ。

 

以上の捧げ制度には、全焼のいけにえ、穀物のいけにえ、和解のいけにえは志願祭として自発的に捧げることなのだ。神の御前に記念品を差し上げて献身と感謝を表現する礼祭である。しかし贖罪祭と賠償祭は罪を犯した時に必ず捧げるべき義務祭である。罪は神との断絶を意味するので、犠牲のお供えを差し上げ、赦しを受け断絶された関係を回復するようにすることだった。どの場合でも礼祭は神とその民の契約関係を厚く維持することに意味がある。新約時代の聖徒はキリストがご自身の体をただ一度捧げられ一度の永遠の贖罪を成し遂げられたので、これ以上犠牲のお供えは差し上げなくても良い (へブル7:27;912,26)

 

4. 祭司長の規定 (6:8-7)

 

前で明した5代礼祭に対する祭司長の責務と彼らが受けるべき持分(役割)が別に規定されている。全焼のいけにえは、すべてを燃やして差し上げることで祭司長の持分(役割)が別になくて、祭司長は全焼のいけにえのために祭壇の火が消えないようによく管理しなければならない。残りの礼祭は特別に指定された場合の他には祭司長の持分(役割)を別して会見の天幕の庭で食べるようにした。これは神さまが祭司長に指定された所得であった。

 

5代礼祭だけを扱う一般規例とは違って、祭司長規例では委任制が中間に入されている(レビ記6:9-23)。これは委任制の中でも穀物の捧げだけ言及したことで穀物の規例の中に含まれている。順序において一般規例では和解のいけにえが三番目に明されたが祭司長の規例では和解のいけにえ祭が最後に言及された (教材313)。おそらく祭司長規例が主に祭司長に回すお供え(牲)の持分(役割)に焦点を合わせているためだ。すなわち、和解のいけにえ祭はそのお供え(牲)を分配する手続きが違う礼祭より、さらに複雑なので後ほど明されたということだ。

5.祭司長の任命 (8-10)

 

1) 委任 (8)

 

さまが命令された順次に従って(出エジプト29:1-37)アロンと彼の息子たちは会見の天幕の前に留まりながら祭司長として委任を受けた。委任式の核心要素は聖別と贖罪だ。聖別はそそぎの油を頭にそそぎ、聖い者と別することだ (レビ記8:12)。これは日常的なことと区別されて神さまの前に用いられる華を極めた存在であることを意味する。委任するという単語は8:33節にに出て来るが、祭司長になるということはその人の手が満たされるということだ。これは彼の人生が聖なること以外のどんなものでも満たされてはいけないということを象することだ。祭司長の職分は単純な暇つぶしでなく全面的に身しなければならないことをいう。しかし他の一方で祭司長は、絶偉大なる神さま前に立つのに汚れた存在であるから贖罪を受けなければならない。

 

2) 働きの始まり (9)

 

アロンとその息子たちは七日の間、委任式を終えて、第8日に初めての礼祭を差し上げることで祭司長の職務を始めた。アロンは自身と民のために贖罪祭と全焼のいけにえ、そして穀物のいけにえと和解のいけにえを差し上げた。祭司長が自ら神さまとの関係で叱責されることのない状態でなければ他の人のための彼の働きが無駄になるということを強調する。また、祭司長が神聖な職位を持っているが、それにもかかわらず、相変らず絶えず罪洗うことを受けなければならない不完全な人間だということを見せている。モーセとアロンが会見の天幕に入り、それから出て来て民を祝福する時に神さまの光栄が民全体に現れてエホヴァの前から火が出て来て全焼のいけにえと脂肪とを焼き尽くした。

 

3) 重大な責任 (10)

 

アロンとその息子たちが委任を受けた後、成功的に祭司長の職務を履行して祝祭的な雰囲気で仕上げされた。9章とは反対に10章ではアロンの二人の息子ナダブとアビフが職務を間違って移行して死に追い込まれる悲劇を語る。彼らは主が命じなかった他の火を入れてエホヴァに焼香してエホヴァの前から出た火によって死んだ。9章での火は神さまがお供え(犠牲)をうれしく受けられるのを知らせる光栄で福々しい火だったが、10章での火はエホヴァが弾かれた火(10:6)、すなわち審判の火だった。

 

10:10-11節で祭司長の任務のうち一つが聖なるものと俗なるものを分別して汚れたものと聖いものを分別して、また、エホヴァが命じたすべての規例を教えろとなっているが、祭司長は教える者であり、礼祭を遂行する者だった。

 

祭司長として神さまを近くで仕えるとは大変な特権だが、これは同時に死で値を払わなければならない程恐ろしい責任を要求することだ。ここに祭司の王国としてイスラエル民が刻まなければならない教訓がある。神さまはご自身に近づける者たちの中に神さまの偉大さを現わされる方である(10:3)。神さまが聖なる方なので神さまに近寄る者は自ら聖を維持して、また、その方の偉大さが損傷しないように格別に注意しなければならない。したがって祭司長は会見の天幕に入る時、すなわち、神さまに近寄って仕える時にぶどう酒や強い酒を飲まないで正しい精神で入るべきで、聖なるものと俗っぽいのを区別して、また汚れたものと聖いものとを別して奉仕することができる(10:8)。同じようにイスラエルもやはり祭司の王国として聖いものと汚れたもの、聖なることと俗っぽいのを区別して生きなければならない責任がある。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IX. レビ記 11-27

 

1. 序論

 

レビ記の後半部である11-27章は聖なる神さまと一緒に暮らす神の民としての聖い生き方の義務をいう。したがってこの部分は契約にともなう三番目の祝福、つまり「聖なる民になりなさい」という約束と関連がある。11章から15章は聖いものと汚れたものを区別する清潔規例を扱って、後半部である17-27章は聖めの規例を扱った後にレビ記を終えるおことばで終わる。

 

2. 11-15 (清潔規例)

 

1) 11 (生物)

各種生物の聖いものと汚れたものを区別する規例として、食べ物と食べられないものを区別する飲食法(1-23)と接触、特に死体との接による汚れを扱う清潔法が提示されて(24-40)終えるみことばが出てくる (41-47)

 

肉類のうちにはひづめが分かれ、割れているもの、また、反芻するものはすべて、食べるように許された。魚類のうちにはひれとうろこを持つものはすべて、食べることが許されたし、鳥類は禁止されたものなどの目録だけが紹介された。 昆虫は全般的に忌むべきものとしなければならない。足があって走るのは許された。食べ物で汚れた生物と接触しても汚れることになって、その死体に触れるだけでも汚れ、それがついた器と水も汚れたものとなった。

 

41-47節は生物に対する清潔規例のおことばを終わらせてイスラエルの民が忌むべきものによって汚れたものになってはならない理由を説明した。神が聖であるからその民も体を聖くしなければならないというのだ。聖いものと汚れたものとを区別して生きろとおっしゃったことは契約の民には聖なる民としての意識を固執することに目的があった。それは選民としての優越感を持つのではなく聖なる神さまと一緒にする敬愛心から出なければならないことだ。さらに食べ物の問題は家族構成員らと家で行われる尊い問題だ。これは他の人々が見えない所で真実な人生として実践する聖の問題だ。

 

2) 12 (出産)

 

出産するのは神さまがくださった祝福であるが、月の時のように体から血が抜け出ることなので不完全な状態としての汚れたものとして見なされた。しかしこれは宗教的なあるいは倫理的な不正と関係がなくてかえって清潔期限の間に妊婦が産後休みとなる配慮となる。なぜなら汚れているということは病気に感染しやすいことに該当されて、妊婦と胎児をひょっとしてあるかも知れない感染から保護して守ろうとすることからだ(教材349)。男児を産めば7日間汚れ、33日後で出血からきよめられる。女の子を産めば14日間汚れ、66日後で出血からきよめられる。

 

3) 13-14 (ハンセン病、ツァラアト)

 

ここでのハンセン病という単語は色々な皮膚病を総括する総称的な用語だ。ここには病の診断(13:1-46). 汚染された衣服(13:47-59),皮膚病から直った人の清潔の儀式(14:1-32),そして汚染された家屋(14:33-53)の規定がある。

 

4) 15 (漏出病)

 

 

漏出病は体からうみや血が流れる病である。前半部は男性の漏出に対する規例であり、慢性的な漏出病と清潔儀式(15:1-15)そして間欠的な漏出(15:16-18)を扱った。後半部は(19-30)女性の漏出に対することで正常な生理(15:19-24)と非正常な漏出病による、汚れと清潔儀式(15:25-30)を扱った。旧約で道徳的な貞潔性を強調する時、常に意識的な用語を借りてきた。神さまが儀式規定を通じて道徳的な不潔さを教えられることとして解釈ができる (教材355)

 

3.16(大贖罪日)

 

16章。一年に一度ある大贖罪日に対する規定だ。この日に大祭司と祭司長とイスラエルの全会衆のすべての不正と罪を洗って、至聖所の贖罪所と会見の天幕と祭壇を清潔にした。この儀式のために雄牛一匹を贖罪祭として差し上げて、雄ヤギを二匹持ってきてくじを引いて一匹は贖罪祭として差し上げて、他の一匹は贖罪ヤギになってアロンが按手してイスラエルのすべての不正を負うようにした後、荒野にヤギを送り出す儀式はすべての民が見ることができた。この意識を通じて罪の実状と罪を除去しなければならない必要性をすべての民が明らかに見るようにさせた。

 

特に大祭司は自分のために(7番使用)つまり、聖職者が真っ先に自分の過ちを正すことが必ず必要であることが強調されている。国民らもこの意識に積極的に参加するが、国家的に祈りと禁食と悔い改めの日として自分自身を見回り、透明にする時間だった(教材369)

 

4. 17-27 (清め規例)

 

聖いことと汚れたこととの区分に続き、レビ記の最後の部分は世俗的なことと聖いことの区別を扱う。清潔規例は汚れたものを陣の外に置くようにして陣の貞潔を維持するのに目的があった。清潔規例は陣の中に住む民が日常的な生活で聖さを維持するようにする責任を教えている。

 

1) 17 (命への注意)

屠殺と血に対する律法だ。生命は神さまするものだ それで屠殺して肉を得ようとするものは、その命を象徴する血は先に神さまに和解のいけにえとして差し上げ贖いをすべきで、誰も血を食べられなかった。

 

2) 18-20 (聖なる社会)

 

18章は、あなた方はしてはならないということばでぎっしり埋まる。イスラエルは今後接することになるカナン風俗にわずに、ただ神さまの規例と定めに従わなければならない(18:2-5)。聖なるものとは単に儀礼的な次元で汚れたのを遠ざけることだけでなく日常的な生活と文化でも現われなければならない。18章は性的な乱れと非人間的行を扱う。ここで調点はイスラエルの行為が周の他の異教を持っている民族より道的に優れなければならないということだ (18:3)

 

19章は合法的である聖さに対する規例なのに、倫理的-意識的律法条項の母音だ。 この章での聖は、社会的であること聖さと定義されている。すなわち、社会倫理として神さまの国らしく慈悲と正義がその社会で具現されなければならないことを仰せられる。20章は死刑に該当する深刻な罪に対して扱っている。

 

3) 21-22(祭司長の清潔)

 

民の中で特に区別された祭司長の清潔と聖具に対する規定だ。これは社会の一員として祭司長の責任を扱っている。すなわち、聖なるということは人が自分の家族、妻、家系に属した働き手らと結んでいる関係、そして自身の外的な姿に関連しているのだ (383)

 

4) 23 (例祭)

 

23章では偉大な日々と例祭などの目録である。安息日(3)。過越祭と、パンの祭り(4-8)収穫の初穂を捧げる祭り(9-14)。七週の祭り、あるいは五旬節(15-22)。ラッパ祭(23-25)。贖罪の日である(26-32)。仮庵の祭り(33-44)が言及されている。レビ記23章によれば、聖なる生活というのは自身の生活を毎週、毎例祭のごとに神さまが治められるようにして、仕えることを中心に生きていかなければならないことを意味する。この例祭は神さまの救いのみわざを記念する日であると同時に隣人に対する愛の実践を要求する日々だ。

 

5) 24 (聖なる所と名前)

 

幕屋と関連して二つの事項が扱われているが、第一の事項としては幕屋を明らかにするのに、純粋な油を使用しなければならないということと(1-4節)、第二の事項は備えのパンを毎安息日ごとに交替しなければならないということだ。毎日灯皿の火を灯すのは毎週祭司長がしなければならないことだ。

6) 25(安息年とヨベルの年)

 

安息年とヨベルの年は土地を休ませなければならない。特にヨベルの年を遵守するのは2年を連続で休耕するからなのだ。ただ神さまだけを信頼しなければならないようにするためである。それでもみんなの必要を満たしてくださる神さまを証明する年のことである

 

7) 26(二つの別れ道)

 

神さまの祝福をもたらす生活と(3-13)神さまの震怒を呼び起こす生活(14-26)だ。申命記の27-28章と同じような機能をしている章である。祝福は刈りいれのための十分な雨(4),土地の平和(6),そして神さまと伴われる(11)のがあって、神さまの怒りは病と痛み(16),戦争(23-39)と、それにともなう状況なのだ。

 

8) 27 (誓願)

 

誓願の規例に対する追加的な章である。つまり、誓願などを撤回することに対する章である。26章が保証と罰に対して焦点が合わされているというなら、27章では保証と関連した単語は一つも出てこない。称賛と献身の行為それ自体が無限の特権であることを語っているのだ。

 

 


X. 民数記 1-14

 

1. 序論

 

民数記はイスラエル民が市内山から饒多は東側モアプ平地に至るまで40年荒野の歴史を記録したこととしてその主題は荒野ということができる。書の開始でも「荒野にて」となっている。民数記という題名はギリシャ語訳本とラテン語訳本で来たもので民の数字を数えるという意味だ。この書の全体の流れの中に二回の人口調査について進行されたためだ。

 

イスラエルの民はシナイ山で神さまと口約束を結んで律法を受けることで約束の土地に入るための霊的準備を終えた。これから彼らがどのようにカナンの地に入るのかに対することだ。民数記の開始はこれに対する実際的な準備としてイスラエルの民がカナン行軍のために軍事的にまた、行政的に準備する過程だ。

 

2. 1-2 (部族ごとの調査と、宿営の配置)

 

行軍準備のために一番最初に要求されることが民の人口調査だ。この調査は先に十二部族の人口調査なのに1章で各部族ごとに責任者を選んで民の数を数えさせ報告させた。戦いに出て行くほどの20才以上の男を対象にしたことは、一家庭を営むかしらを代表にしたことであり、これは後ほど土地を分配する時に家族単位で分けるためのものだった。このようにしてレビ人を除いて各部族ごとに家族と種族について戦いに出て行くほどの20才以上の男を数えると約六十万名に達した。ここで注目しなければならないのは、人口調査をすることにおいて主導権を神さまが持っておられたことであって、モーセが自身の兵力を増やすためのものでなかった。

 

数えの順序は、創世記35:23-26に記録されたヤコブの息子たちの順序に従った。この目録は母方別の分類としていくつかの変化があった。三番目の息子レビの子孫は後ほど数えることで1章では抜けている。ヨセフの場合、二人の息子エフライムとマナセの子孫がそれぞれ一つの部族のように数えられた。これはヤコブがヨセフの二人の息子を自身の息子のようにみなして他の兄弟らと共に相続を分けるようにしたためだ (48:5-6)。レアの奴隷ジルパの息子のうちに長男ガドの子孫はレビ族に代わって三番目の席に上がって、ジルパが産んだ次男のアシュルの子孫はラケルの女奴隷ビルハの子孫、すなわち、ダンとナフタリの子孫と一緒にさせた。

 

民数記1:50-51節は、レビ族の三つの任務、幕屋を運んで、撤去して、再組み立てすることを付与している。そして幕屋の四方を守ることだった。したがってイスラエルは敵に対して警戒するのも重要だが(1-46)、神さまに仕えることにも不注意だったり無心であってはならない (47-54)

 

2章では各部族を幕屋中心に配置させ、三部族ごとに東西南北の4面に宿営をするように割り振った。また、行進する時も順序を指定された。ここの配置の順序に現れた変化にも注目する必要がある。四つの宿営で最も重要なところは幕屋の入口があって、祭司長が宿営しているのは東側であるが、ユダ部族の宿営もここに配置された。そしてレアの体から出た者たちでユダの弟であるイッサカルとゼブルンの子孫がユダの宿営に一緒にした。行軍する時にはこの東側部族が一台目に行進した。その中でも代表であるユダ部族が先頭に立ったに違いない。

 

これには理由があった。ユダの前に三人の兄であるルベン、シメオン、レビがいたが、ルベンは庶母ビルハと姦通して呪いを受けて長子の名分を失った (35:22,49:4)。シメオンとレビはシェケム族を残忍に殺戮したことでヤコブが祈る時呪いをした(34:25,49:5-7)。しかしユダは決定的な瞬間ごとに兄弟たちの中で善良な指導力を発揮した(37:26-2743:3-1044:14-34) 。それでヤコブの祈りの中で最初に、そして最も大きい祝福を受けた (49:8-12)。彼は兄弟たちの賛美になって兄弟たちからお辞儀を受ける位置に立つようになり、獅子のように勇敢に走って行って敵を征服することになり、彼の子孫の中から王が出て、すべての民が服従することになるという祝福を受けたのだ。この予言的な祝福の祈りが荒野の行進でもユダ族が先鋒に立つことで一次的に成就した。

 

南側にはレアの息子として長子であるルベンの子孫の宿営が配置された。そしてルベンの弟であるシメオンとレアの女奴隷ジルパから出たガドの子孫がここに加わり、彼らは2台目に行進した。西側にはラケルが産んだ息子ヨセフの子孫であるエフライムとマナセ族、そしてラケルの次男であるベニャミン族が一緒に配置された。彼らは3台目に行進して、その中での代表はエフライム族であった。マナセが兄だが、ヤコブがヨセフの二人の息子のために祝福を祈る時、手を互いに取り替えて按手することでエフライムが大きくなることを予言した通りになった(創48)。エフライム族は後ほど、ユダ族と壁を成して、北王イスラエルの中心となる。最後に北側にはビルハから出たダンとナフタリ、そしてジルパから出たアシェルの子孫が位置した。これらは4台目に行軍して、この宿営の代表はその中で一番上の兄格であるダン部族であった。

 

3. 3-4章(レビ人の数えと任務)

 

レビ人はイスラエルの民の長子に代わって神さま身された人々として(10:12-13)、祭司長を助けて幕屋のために奉仕する任務を引き受けた。3章ではレビの3人の息子、ゲルション、ケハテ、メラリの系図に従って1ヶ月以上の男を数えた後、各系図に従って幕屋周辺に宿営を敷く位置と幕屋移動のための任務が指定された。レビ人たちを幕屋周に席を占めるようにしたことは外国人がむやみに幕屋に接近して死ぬことが起こらないように防ぐためだった。

 

   

4章では実際の使役のための奉仕者として30-50才に該当する男たちだけを数えさせた。そして彼らが幕屋移動のためにしなければならない具体的な任務が分担された。ケハテ子孫の職務は4:4-20節なので、最も大きい特権を味わっていた。同時にまた、最も大きい責任を負っていた。

 

民の数の数えと、宿営の配置、そしてレビ族の任務分担が決められて、イスラエルが神さまの民らしく秩序と調和を作り出して宿営をして行進するように組織が整えられた。     

 

4. 5-6章(宿営の維持)

 

幕屋を中心にしたイスラエルの宿営が内的清潔と秩序を維持して偉大な共同体になるべく次のような規例などが説明された。特に幕屋の清さに焦点が合わされているが、神さまが居る居所なので全てのものが神さまの命令のとおり守られて実行されなければならなかった。

 

1) 5:1-4、神さまが宿営の中におられるので不正をした者たちを宿営の外に隔離するようにさせた。これは物理的にも宿営を清く維持するようにするだめだった。

 

2) 5:5-10、隣の財物でもあるいは聖具に被害をもたらせたら賠償して贖罪して、経済的な損失によって共同体に裂が起きないようにしなければならなかった。

 

3) 5:11-13、色々な家庭が共同生活する中で姦淫で家庭が破綻しないようにし、また、反対に根拠のない疑いで不和が出ないように「疑い法」が与えられた。

 

4) 6:1-21 「ナジル人」は、一般人の中で特に志願して幕屋の奉仕者と献身した者たちである。従ってこれらは祭司長のように清潔を維持するためにぶどう酒を禁じさせ死体に触れないようにさせた。また、誓願の日の間は頭の髪の毛を剃らないようにして区別されるようにした。

 

5) 6:22-27、イスラエルが幕屋を中心に宿営を備えて、聖なる共同体として聖別されたので、神さまはその真ん中で仲保者である祭司長を通じて契約の民に祝福を宣言するようにされた。ここでアロンは祝福の伝達者であって祝福の根源者ではなかった。 福をくださる方は創造主なる神であった。

 

5. 7-8 (奉仕と献身)

 

イスラエルの宿営全体の聖別に続いて、7章は、幕屋において幕屋での奉献、8章は、幕屋の奉仕者であるレビ人の委任を扱っている。先に幕屋とその中の器具などに油を塗って聖別した後、各部族の族長たちが12日の間、一日に一部族ずつ聖所の必要のための捧献物とお供え(牲)を主に捧げた。レビ人には特別な清め規例が要求された。

 

6.9-10(宿営の移動)

 

エジプトを出て、ほとんど1年になってシナイ山で初めての過越節を守ってイスラエルの民は約束の地に向かった行軍を始めた。彼らは幕屋の上に雲が上る時に行進し、雲が止まる所で止まった。10章は、出発の開始を、より具体的に描写している。先に宿営の移動のための信体系としてラッパを吹く時、各宿営がどのように動くのかに対する指針が下された。その次、雲が幕屋の上に上るとイスラエルの民が決まった順序に従って各々軍団ごとに出発した。この時、神さまの契約の箱がイスラエルの出発より3日を先に行ったことは、創造主の神さまがイスラエルより先行かれて敵を打ちのめすことを意味した。その後、ユダの宿営の部族が1台目に出発し、ゲルション子孫とメラリ子孫がそれぞれ幕屋と柱を担いで出発した。2台目にルベンの宿営が軍団ごとに出発し、ケハテ子孫が後に従う。その次3台目にエフライム族の宿営が出発し、最後の4台目にダン部族の宿営が出発した。

 

7. 11 (不平)

 

ここで民が、何に対して不平を鳴らしたのかは正確に現れてはいない。しかしその他に、イスラエルの不平と神さまの審判、そしてモーセの仲裁によって解決されるなどは、今後繰りげられる事件にする前兆だ。主の火が宿営の端をなめ尽くされたのを見ると、不平が末端から始まったのを暗示する。これはまた、不平に対して神さまは審判されるということを見せる警告だ。宿営の端を燃やす神さまの警告にもかかわらず、イスラエルの民はまた、荒野で肉を食べることができなくマナだけを食べると不平を言った。このような欲望にかられる不平は、初めからイスラエルの民がエジプトから出る時、彼らと一緒に入り混じって出た外国人から出た。彼らの不平に動揺されイスラエルの民までも救いにする感激や約束の地に対する希望をなくして、過去、エジプトで過ごした時期をかしがった。しかしこの事件で出エジプト16章の時とは違って彼らは代価をわなければならなかった。美味しい食べ物を楽しむ前に災いがくだった (11:33)

 

8. 12 (非難)

 

モーセがクシュ人の女をめとったことで、アロンとミリアムがモーセを非難した。この非難は、自分たちも神さまの前でモーセと同等な権威を持ったと主張しながらモーセを引き下ろそうとしたのだ。末端の民たちだけでなく中心部の指導者たちまでも神さまの御心に逆らって自分たちの欲望を表わしていた。神さまは彼らを大きく叱ってモーセは神さまと対面しておことばを聞く特別な位置にあるのを宣言することで、モーセの権威を確実に立てられた。これは70人長老たちに神さまの霊が臨んで予言したことと比較されるが(11:24-30)、長老たちは神さまの霊が臨まれる時だけ少しの間予言をしたが、モーセは神さまから直接おことばを受けてえる権威を有していたので、モーセの指導権は特に尊重されなければならなかった。モーセの権威に挑戦したミリアムを神さまはハンセン病によって打ったが、モーセの祈りを聞かれ、再び回復されるようにされた。

 

9. 13-14 (偵察者)

 

イスラエルの民は約束の地に向かって北に上ったが、カナン境界隣接地、南側にあるオアシス地域であるカデシュ・バルネアに到着した。ここで神さまの命令に従って各部族ごとに代表を選んでカナンの地に送ってその地を偵察するようにした。ところが40日間、偵察を終えて帰ってきた人々の中で十人は、そちらは乳と蜜が流れる美しい土地だが、その地に住むカナン族は力強く、町々は城壁を持ち、非常に大きいので自分たちはその地に入れないと報告した。この話しを聞いた民はエジプトから出たこと自体を恨んでいっそうエジプトに戻ろうと泣き叫んだ。ただ残った2人ヨシュアとカレブは主が共におられるので大胆にその地を征服しようと説得したが、民は聞かないでかえって彼らを石で打とうとするほどであった

 

イスラエル民がカナン土地に入ることを拒否してエジプトに戻ろうといったことは神さまに対する反逆だった。なぜなら今まで大きな奇跡によって彼らを救い、導かれた主を認めようともせずに、その方の御心を断っているからである。それで神さまは大きく激怒して、ヨシュアとカレブだけを除いたすべての成人、すなわちシナイ山で20才以上で数えられたすべての人は約束の地を見ることができなく、荒野で40年間さまよいながら死ぬようになるだろうと宣言された。神さまの審判が落ちた後に民は後悔して再びその地に入ろうと試みたが、カナン族に敗北され追われて出るしかなかった。それ以上神さまは彼らと共にされなかったためだ。それで結局イスラエルの民は荒野での放浪生活に入り込むことになった。